(冬将軍:音楽ライター)
90年代から現在までの、
普遍的な歌謡性を持つ哀愁刹那のヴィジュアル系
ヴィジュアル系とは音楽ジャンルを指す言葉ではない。ポップスもメタルもパンクも、さまざまな音楽が存在しているし、その幅は現在においても広がり続けながら百花繚乱の様相を呈している。そうした中でも、異彩を放った存在が昨年2023年に結成20周年を迎えたシド(SID)である。
他人と違うことを、まだ誰もやったことないものを、とマニアライクな音楽探求へと進んでいくバンドが多い中で、シドはメインストリームの方向へと進んだのである。日本に土着した普遍的な歌謡性をしっかり表現することを選び、ポピュラリティを得ながら東京ドーム公演を成功に収めるなど、確固たるポジションを確立した。その奥ゆかしい音楽性は、彼らの名を広く知らしめたMBS・TBS系テレビアニメ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』のエンディングテーマ曲「嘘」(2009年4月リリース)にて、わかりやすく体現されている。
「セツナ美しい」というコンセプトの本曲。初めて聴くはずなのにどこか懐かしさを覚える哀愁感のある刹那メロディが耳に残る。私小説のようなストーリー性を帯びた詞の世界は、ロックバンドの歌詞にはありそうでなかったもの。そしてその音楽は歌謡曲や80’sニューミュージックの潤いを帯びながらも、疾走感に溢れるビートロック。ギターのアルペジオに絡むようなストリングスが曲を差配しながらも、躍動感のあるドラムとどっしりとした重心を感じられるベースといった、正真正銘ロックバンドとしての誇りを感じることができるものだ。
ダーティーで豪快なロックナンバー「乱舞のメロディ」(2010年12月リリース)、爽やかなポップロックチューン「夏恋」(2007年7月リリース)、ジャジィでレトロな雰囲気漂わせる「恋におちて」(2013年4月リリース)など、その彩り豊かな音楽性は多岐にわたり、引き出しの多さとその音楽素養を自分たちのものとして昇華するセンスに感服させられる。ストリングスや鍵盤といった、サウンドアレンジがもたらす多様性も大きく、そこには多くのバンドが嫌がるであろう“自分たち以外の音が入ること”も、楽曲の世界観を重視して積極的に入れている。
そして何より特筆すべきは各メンバー個人のスキルの高さだろう。