(本文敬称略)

10月5日、ノーベル化学賞が米国とデンマークの3氏に授与されることが発表された(写真:ロイター/アフロ)

 今年のノーベル化学賞はバリー・シャープレスが2度目の受賞となりました。

 そこには当然,ノーベル財団の「授賞」意図があります。業績と、背後に透けて見えるメッセージを読み解いてみましょう。

最初の仕事:自然界は「左利き」

 バリー・シャープレス(1941-)は、1度目が2001年「遷移金属触媒を用いた立体選択的な酸化反応=不斉合成法の確立」(化学賞)と、そして今回、2022年「クリック・ケミストリーの確立」(化学賞)で2度目の受賞となりました。

 1度目のノーベル賞はウイリアム・ノールズ(1917-2012)および野依良治(1938-)との共同受賞でした。

 この「1回目のノーベル化学賞」は一体何だったのか?

 突然ですが、自然界には「右と左」があります。皆さんの右手と左手は「同じ形」をしているように見えますが、鏡に映すと鏡像とは重なり合いません。

 右手用に作られた手袋は左手にかぶせようとしてもうまくいかない・・・。

 表裏がある場合ですが、実際、軍手のように表と裏の区別がなければ、どちらの手にもうまくはまります。

 不思議なことに、自然界に存在する私たち生物の体を作っている物質、タンパク質などはすべて「左手用」なのです。

 何も考えずに新しい化学物質を合成しようとすると、反応の結果「左手用」も「右手用」も半々にできてしまう(「ラセミ体」と言います)。

 しかし、人体と無関係な「右手用」は私たちの体に取り込めませんし、苦かったり不味かったり、嫌な臭いがしたり、使い物になりません。

 そこで「左手用」だけの物質が作れればよい、というのが「不斉合成」の考え方で、シャープレスら3人はこの分野で業績を上げた。

 野依についていえば「高砂香料」とともに「クールミントガム」などに含まれる「l-メントール」(左手用のメントール)の量産化に成功しています。

 しかし「人工ハッカ」の発明に対してノーベル賞が与えられたのではない。

 自然界に存在する「右と左」の対称性が、なぜか生命体を構成する物質では「破れている」。

 その破れに対応する化学合成を精査し、システム化に成功した本質的な業績がノーベル賞の対象で、バリー・シャープレスはこの「左ぎっちょ反応」に「金属触媒」が重要な働きをしていることを突き止めました。

 ここで、多くの人は「ノーベル賞」などもらうと、人生の勝ち組でキャリアも一丁あがりと思うかもしれません。

 野依の場合ノーベル賞受賞後の2003年から第9代理化学研究所理事長に就任し、2014年には理研研究員「小保方晴子」が「STAP細胞詐欺事件」を引き起こし、事実上の引責辞任となりました。

 でもシャープレスの場合は違った。

 1度目のノーベル賞が出た2001年、すでに確立しつつあった全く新しい「次の仕事」クリック・ケミストリーの提案論文を発表します。

 すでに1回目の受賞前、1998年に提唱していた新しい「本質的な手法」開発に、シャープレスのグループは総力を挙げて取り組みました。

 米国東部ではMIT(マサチューセッツ工科大学)、西部ではスタンフォード大学とスクリプス研究所で、彼は飽くなき研究そのものに集中、「ノーベル賞受賞以後」さらに本質的な業績を挙げ、今回「2度目の受賞」となりました。

 ではシャープレスの「2度目のノーベル賞」とはどんな仕事だったのでしょうか?