米国では2018年に、2019年国防権限法(NDAA)に盛り込まれる形で輸出管理改革法(ECRA)及び外国投資リスク審査現代化法(FIRMMA)が制定され、輸出管理及び投資規制が強化された。また、米国トランプ政権による中国に対する一連の追加関税措置の導入に引き続き、バイデン新政権も対中通商措置を強めるなか、中国も安全保障貿易管理に関する法制度を整備。2020年12月施行の輸出管理法を始めとして、米国に対抗する法令を次々と打ち出している。こうした米中の法規制強化は、グローバルビジネスを展開する日本企業にも大きな影響を与えている。特に原料調達から製品販売までに至るサプライチェーンでは、その一端を担う企業にとって死活問題に発展する恐れも。世界46か国、76の拠点を構え、グローバルサプライチェーン全体を俯瞰する世界最大級の国際法律事務所 ベーカーマッケンジーの法律専門家を取材し、最近耳にしない日がないサプライチェーンに関するトレンドや法的リスク、日本企業が取るべき行動について語ってもらった。

米中貿易摩擦による日本企業の板挟みリスク

「サプライチェーンを取り巻く法律面の環境はこの3年で大きく変化しました。今までは企業のレピュテーション(評判)やCSRに関するリスクとして捉えられることが多かったのですが、近年の米中対立の激化により、経済安全保障面における法的リスクとして捉えられるようになってきています。こうした規制に抵触した結果、取引停止や輸入の差し止めなど、サプライチェーンの運営に直接影響を与えるケースも増えています」

そう語るのは、ベーカーマッケンジー法律事務所の国際通商法業務の共同代表を務め、サプライチェーンを取り巻く法律問題を頻繁に取り扱う板橋加奈氏だ。法律適用の対象も拡大し、さまざまな国の法律が絡み合う状況になっているため、より慎重にケアしていかなければならない。

国際通商法業務の東京事務所共同代表である板橋氏は、労働法、環境法、国際通商法などに精通。

さらに、元経済産業省職員で国際通商問題を長年取り扱ってきた松本泉氏によると、最近では半導体業界をはじめ、米中貿易摩擦で板挟みになっている日本企業からの相談が急増しているという。

「製品自体が米国製でなくても、そこに米国の部品や技術が使われていれば米国輸出管理規制の対象となることがあります。一方、中国は米国の域外適用法令の中国国内における法的効力を否定することを可能とする法律を制定。両国を相手にビジネスを展開する日本企業は、まさに米中に振り回されている状況に陥っているのです。そこで、我々は米国法や中国法に精通する海外オフィスの弁護士と連携しながら、両国の法律に違反しないフレームワークを提案し、日本企業の板挟みリスクの解消に努めています」

約13年間の経済産業省での実務経験を持つ松本氏。国際通商情勢や政府内事情に詳しく、最新情報もいち早くキャッチ。

人権侵害に対する規制が各国で強化

サプライチェーンにおけるリーガルリスクは、調達から販売まで、製品のライフサイクルに沿って考えることが重要だ。近年は通商だけでなく、人権侵害に対する規制も各国で強化されているため、取引先のさらにその先までチェックしていかなければならないと、松本氏は話す。

「原材料の調達や工場における生産プロセスなど、サプライチェーンの各工程で強制労働が行われていないかどうかを調査する必要があります。特に、発展途上国が絡むケースが多い繊維業界などは注意が必要です。取引先の末端まで把握するのは大変な労力を要しますが、どこかで強制労働が行われていると輸入をストップされてしまう可能性もあるため、全ての状況を洗い出し、精密にレビューしていくことが大切です」

ベーカーマッケンジーは、サプライチェーンの全フェーズにおける法的ケアを1つのパッケージで提供。サプライチェーンの能力を高めるとともに、株主価値の向上にも貢献する。

実際に強制労働を想起させるような情報が税関に届くと違反商品保留命令(WRO)が発せられ、それに基づき税関において差し止めがなされうるが、2020年頃から米国を中心に執行数が急増していると、板橋氏は語る。

「強制労働に関して国際労働機関(ILO)が定める国際的なスタンダードはありますが、現地の労働基準やルールは国によって異なります。私たちは各国のオフィスと情報共有し、どの国で強制労働が発生してもその原因を特定できる体制を整備。万が一、お客様の製品が差し止められてしまった際は、税関に命令撤回や自社製品の差し止め解除を求めるお手伝いもします」

デューデリジェンスをオーダーメイドで

サプライチェーンに関わる人権侵害リスクはM&Aにおいても考慮する必要がある。M&Aグループにも所属する篠崎歩氏によると、特にサプライチェーンの観点からのM&Aの際のデューデリジェンスでは、リスクベースでアプローチすることが重要だという。

「M&Aに関するデューデリジェンスは、従来は法律と財務、税務をメインとしていましたが、欧米では人権や環境などサプライチェーン全体にわたるリスクも調査の対象となり、少しずつ範囲が広がってきています。これらの新しい領域のリスクは、リスクが顕在化した時には大きなインパクトとなる可能性が高いため、企業買収前にそれらのリスクをしっかり把握しておくことが大切です」

大手総合商社2社への出向経験を有する篠崎氏は、国際取引全般に精通する。

リスクの内容は業界や事業によって異なるため、企業ごとに検討したい。例えば買収先がジョイントベンチャーの場合、パートナーとなる企業に贈収賄などの噂があれば、徹底的に調査しなければならないと、篠崎氏は続ける。

「M&Aではビジネス面のメリットを先行して考え、法的リスクの検討は後回しにされがちです。しかし、新たな国へ進出する際は現地の法律がどうなっているのか、買収される会社は問題なく清算できるのか、製造拠点を変える場合は契約や準拠法の見直しは必要になるのかなど、M&Aを成功させるためには、さまざまな法的角度から調査をしなければなりません。我々は、買収先の国の弁護士と日本企業をサポートする日本の弁護士の知見を組み合わせたサービスを、オーダーメイドで提供しています」

ビジネスの事情や環境は買収先の企業・国によって異なるため、1社1社綿密に分析したうえで、それぞれ最適な調査事項を設定する必要がある。

データも輸出管理規制の対象に

デジタル化が進み、データの価値がさらに高まっている現在、企業は個人情報保護規制だけでなく、輸出管理規制など、通商面の規制を受けるケースも増えている。

「AIやナビゲーションなどに関する最新技術をはじめ、自国にとって大切なデータについては、国内で外国人が見られるようにした場合であっても“みなし輸出”とされ、輸出管理規制の対象となる可能性があります。また、特定サーバへの外国人によるアクセスが輸出とみなさてしまうことも。そのため、サーバの設置先やデータの保存先にも十分な注意が必要です」(松本氏)

「データの輸出管理規制は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進においても重要視されており、あらゆる企業が注意していかなくてはなりません」(松本氏)

サプライチェーンへの政府の介入も増加している。コロナ禍におけるマスクなどの医療品不足は記憶に新しいが、緊急時に必要な商品が供給不足に陥らないように、国内に製造拠点を設けようとする動きが活発化。国も補助金制度の拡充や税制上の優遇などによる後押しを図っている。また、世界的な半導体不足は、製造工場が台湾一国に偏っていることがボトルネックとなっており、米国政府などは自国での生産体制の整備も推進。こうしたトレンドに伴い、サプライチェーンの見直しも視野に入れておいた方がよいかもしれない。

コロナ禍で迫られるビジネス転換

ロックダウンによる工場の稼働停止や原油価格の高騰など、新型コロナウイルスがサプライチェーンに与えた影響は大きい。このような不可抗力によるダメージを回避すべく、ベーカーマッケンジーにも数多くの相談が寄せられている。

「例えば、輸送コストを抑えるために、米国から東南アジアなどへと商品の調達先の切り替えを検討する際は、まず実際に切り替えが可能かどうか、契約書の分析をしなくてはなりません。サプライチェーンの分断という、通常では想定できない事態への対処法について、我々が提案させていただく機会は増えています」(篠崎氏)

「サプライチェーンの製造部分を担うことが多いベトナムの一部地域では、コロナ禍で“社会隔離”という政策が実施されました。工場敷地内に労働者の宿泊設備を確保する又は敷地外との宿泊施設からの移動に制限するなどして、社会から隔離することが工場の操業の条件となったのです。こうした今まで誰も経験したことのない状況において、法的に取り得る選択肢を検討しアドバイスすることで、可能な限り企業が困難な状況に対処できるよう、我々は積極的に取り組んでいきます」(篠崎氏)

一方で、新型コロナウイルスの影響は、ベーカーマッケンジーの業務にも及んだ。例えば、サプライチェーンの人権侵害に関するデューデリジェンスは、現場の声を聞くことが重要とされるが、現在の状況では、現地での調査をすることは難しい。そのような状況の中でも、オンラインコミュニケーションを積極的に活用することで、リアルな情報共有を図ることは可能と、篠崎氏は話す。

「普段から海外の事務所と密にやりとりしていることもあり、オンラインコミュニケーションへの切り替えもスムーズでした。現地の雰囲気を肌で感じることはできませんが、東京事務所、現地オフィス、クライアント、現場の方をつなぎ、さまざまな観点から情報を即時に交換・更新。オンラインならではの利点も生かされ、よりタイムリーな対応が可能になったのではないかと思います」

3つの強みを最適なカタチで提供

ベーカーマッケンジーはグローバルファームとして70周年、2022年には日本の拠点事務所も50周年を迎える。その長く蓄積された知見と経験によって、今後も日本のグローバル企業の心強いパートナーとして支え続けていくだろう。

「私たちには、“世界最大級のグローバルネットワーク”“ 各国に根付いた最新の法律実務と情報を保有するローカルオフィス”“業界ごとに抱える課題への深い理解”という3つの強みがあります。さらに、その強みをお客様にフル活用いただけるカタチにしたものが“サービスライン”と呼ばれるパッケージで、サプライチェーンもその一つです。新型コロナウイルスや米中摩擦といったホットトピックもありますが、これらの一時的な事象に関わらず、サプライチェーンはビジネスの在り方とともに、常に変化し進化していくものです。私たちは、各国・各業界の最新情報と今まで蓄積してきた幅広く深いノウハウによって、世界で挑戦するお客様をサポートしながら、共に成長していきたいと考えています」(板橋氏)