世界経済が網目のようにつながる昨今、日本のグローバル企業は海外展開の実績を積み重ね、今や海外事業が収益の重要部分を占めるといわれている。これは同時に、日本企業が常に世界各地でコンプライアンスリスクにさらされていることを意味する。世界中の法制と実務のトレンドを素早くキャッチし、自社の企業活動に即したコンプライアンスプログラムに組み込むことは喫緊の課題だ。コンプライアンスとは企業の内部管理機能の一つだが、その違反には法的制裁や賠償責任を伴うため、弁護士をアドバイザーとする企業が多い。そこで、世界各地に拠点を構え、数々のグローバル企業のコンプライアンス支援を手掛けている国際法律事務所 ベーカーマッケンジーの専門家を取材。コンプライアンスのトレンドや日本企業の課題について聞いた。

「サードパーティマネジメント」の重要性

「日本企業には「“郷に入っては郷に従え”」という文化が根付いており、現地のことは各拠点に任せるなど、管理をローカライズする傾向が強いと感じます。結果として事業がスムーズに成長し、経営面ではメリットを享受しうる一方で、コンプライアンス面では注意が疎かになりがちです。現地の法令はクリアしていても、グローバルの視点ではアウトになるケースがあるからです。株主に対する説明責任とグループ統率者として内部統制責任を負う本社の視点で、しっかりグリップを効かせてコントロールする必要があります」

と語るのは、ベーカー&マッケンジー法律事務所で、紛争解決&コンプライアンス部門の東京における代表を務める武藤佳昭氏だ。コンプライアンスの対象には刑事法や契約法など人や企業として本来守らなければならない規範的ルールと、独禁法や贈賄禁止、通商規制、労働者保護など企業活動を公正にしたり社会経済環境を良くしたりするための約束事ルールがある。特に後者は、時代と共に変遷するうえ、道義や倫理にとどまるのか強行的な法令なのか判別が難しく、分かっていてもついビジネスを優先するため踏み越えてしまいがちであるため、企業内にコンプライアンス制度を作り、何をすべきか、してはならないのかルールを明確にし、その違反を防ぐための教育、審査、監視の仕組みを入れて、それらのプロセスを確実に運営していく必要がある。
 

昨年までアジア太平洋地域紛争コンプライアンスグループ代表を務めた武藤氏。

「コンプライアンスにおける重要なトレンドの一つが、「サードパーティマネジメント」と呼ばれる、取引先に対するコンプライアンス管理の徹底です。自社やグループ会社だけでなく、自社の機能を委ねている業務委託先や重要取引先にも、自分たちと同じようにコンプライアンスを徹底してもらう、それができないところとは付き合わないという考え方で、欧米では既に常識となっています。日本企業は「取引先は一種のファミリー」と捉えて大切にする反面、各社のやり方にはあまり口を挟まない傾向がありますが、その取引先がコンプライアンス違反を犯したとき、それを知りつつ委任した、依存していたとなると、自らも法的責任を問われたり社会的評価を損ねたりすることがあります。特に海外事業が急拡大するなかで、海外のサードパーティが現地では黙認されていても日本や欧米基準ではNGとなる法令違反や不正行為に手を染め、これに日本の本社が巻き込まれるリスクが深刻化しているのです。そこで私たちは、海外現地のルールだけではなく本社のある日本のルールと世界標準となる欧米のルールをいわば三次元の目線として、海外拠点と現地サードパーティを含めた統合的なグローバルコンプライアンスに取り組むことの重要性を提唱し、その実践方法についてアドバイスしています」(武藤氏)

時代と共に進化し続けるコンプライアンス

各国の情勢や市場の状況、世相の変化に応じて、コンプライアンスの新たな課題は進化する。まずEthics(倫理・社会的責任)として認識され、その違反は非難の対象となる。そのなかで重要性のあるものが規範化されてガイドラインや罰則を伴わない法令などのSoft Lawとなり、守るべきルールが明確化される。さらに重要性が増すとそのルールがHard Law(罰則のある法令)として法制化され、その遵守が法的義務となり、違反には刑事罰、行政罰、民事賠償などの法的責任が課される。世界中にネットワークを張り巡らせるベーカーマッケンジーは、独自のCSR部門を通じてEthicsの段階からトレンドを拾い上げてクライアントに注意を喚起し、次いで産業分野ごとのインダストリー・グループが業界慣行やガイドラインなどのSoft Lawを把握し、最後は法令分野ごとのプラクティス・グループがHard Lawの法制化をフォローする。長期的視野をもって先を見据えて対応することで、時代の最先端を進むグローバル企業のコンプライアンスを支援している。

コンプライアンスのトレンドは様々な業界や社会の課題に応じて世界各地で随時更新され、進化している。地域・業界・時間軸という三次元でのトレンド把握がリスク軽減につながる。

「最近、海外の人権団体などのNGOから、日本企業の海外拠点、合弁相手、重要取引先における労働者への劣悪処遇、地域環境の汚染、集団的人種差別などの人権侵害が指摘され、質問状が送られてくるケースが増えています。なかには報告書を公表して各国の規制当局や大手投資家に送付したり、来日して株主総会への出席や面談を求めたりする場合もあります。対応を誤ると企業の評判が悪化し、機関投資家の投資行動や消費者の購買意欲に影響することもありうるので、私たち弁護士が法令コンプライアンス違反の内部調査と危機対応で培った経験を活かし、客観的事実と守るべきルールを把握した上で的確に対応されるよう支援しています。

奴隷労働禁止といった海外労働者の人権保護というテーマは、Ethicsとして長く意識されており、国連のグローバルコンパクトなどのSoft Lawに発展し、それが英国現代奴隷法や各国の法制化によりHard Lawに進化されつつあります。特にダイヤモンドやプラチナなど希少鉱物については、鉱山労働者に対する搾取的処遇と不透明な流通ルートに乗じたマネーロンダリングを抑止するため、原産地を確認しうるトレーサビリティが以前から国際的に要求されていますが、最近では広くサプライチェーン全体の透明化を義務付ける法令が各国に広まりつつあり、海外拠点を含めあらゆる調達先を一元管理する社内制度作りや、問題のある取引先と契約してしまった際の内部調査と是正措置について、ご相談をいただくことが多くなりました」(武藤氏)

日本企業自身が奴隷労働・児童労働に手を染める事例はほとんど見あたらないが、海外の製造委託先や自社製品の販売先などのサードパーティには注意が必要だ。最近では著しく劣悪な労働環境の現場で自社製品が使われていると単に印象が悪化するだけでなくSDGsポリシーとの整合性を問われるなどコンプライアンス的な問題になりうるため、そういった企業には自社製品が流通しないよう気を配る動きが起きている。

 データ保護=個人情報保護”の概念脱却

コンプライアンスの対象としては、制裁を伴うHard Lawの分野が最優先であり、次いで罰則はないものの規則化されたSoft Lawの分野であり、さらにEthicsにおいても自社のリスク耐性を踏まえて重要な課題には取組を広げることが必要となる。

1980年代から続く独占禁止法違反のカルテル、海外での汚職贈賄、経済制裁の輸出規制違反などの既存課題に加えて、人権侵害、環境汚染、品質管理・検査手続の不正など新たな課題など、日本企業がトラブルに巻き込まれるケースは多い。ベーカーマッケンジーでは、コンプライアンス違反が発覚した際の調査対応と再発防止策定を含めた弁護活動のほか、その経験を活かしたコンプライアンスリスクの診断評価と、洗い出されたリスクに対応する制度設計、その実施支援の相談を受けることも多く、さまざまなケースを想定した予防プログラム作りを行っている。

その他にも業種を問わず、グローバル企業が考慮すべき課題として、最近ではジェンダー、人種といった視点から多様性と平等(D&I)を推進し、その違反に対処することが、SDGsへの取組という社会的約束の見地から、新たなコンプライアンステーマとして浮上している。

そのなかでも特に、日本のグローバル企業が気を付けなければならない主要法制が2つある、と武藤氏は語る。

「1つはデータ保護です。データ規制というと、つい“欧州など先進国における個人情報保護”と捉えがちですが、グローバルな視点で考えると、今や先進国のみならずあらゆる国にデータ規制があり、個人情報だけではなく最先端技術と国家機密の保護、さらに最近ではデータに関する輸出規制、独占禁止、移転価格税制なども含まれます。研究開発(R&D)のグローバル化・デジタル化が進み、世界中のさまざまなデータが、研究所だけではなく営業現場、製造拠点、ユーザーとあらゆる国でコネクトされているなか、データ規制の目的とそれに関わるプライバシー、営業秘密・知財、国家機密、輸出入規制、独禁・競争、税務など様々な法律を多角的に捉えることが重要となります」

多くの日本企業に影響を及ぼしている米中対立

もう一つの注意すべき主要法制は、国際通商法に関する規制だ。各国の輸出規制に関する法令のことで、国際通商法関連のコンプライアンスを担当している板橋加奈氏によると、近年の米中対立を背景にして、執行や制裁が厳しくなっているという。

「通商規制はもともと大量破壊兵器を作っている国やテロリストを主に対象とするものですが、昨今中国の技術覇権の可能性を脅威に感じている米国が日本企業を含む米国外の企業に対し、米国の法律を適用する範囲を拡大。一定の中国企業が取引に関わる場合、日本からのハイテク技術の輸出にも規制がかかるようになったのです。日本で製造した物に一定の米国技術や部品が含まれている場合や、米国技術を使用する工場で製造する場合等に規制の対象となりうるのですが、日本製品は何かしら米国製品が含まれていたり、米国の技術を使って製造されていたりする可能性が否定できないことから、多くの企業が影響を受け、私たちへの相談件数も急増しています」

板橋氏は、米中対立により変化が著しい国際通商法の最先端のトレンドをいち早くキャッチし、日本のグローバル企業をサポートしている。

今回適用範囲が拡大された米国の法律は「重要な技術」「主要な」など、解釈の幅を広くとっているものがあり、「何が重要なのか」の判断が難しい。そこで板橋氏は、ベーカーマッケンジーの米国チームと協働し、米国規制当局出身者や当局と関係が深い者も交え、日本企業側の実情を米国チームと共有し、それが米国規制対象に該当するかどうか、ディスカッションを重ねて最適な答えを導き出している。

「米国の外交情勢により、通商規制は1カ月単位で変化します。時には米国の規制に従うことで取引相手との約束を破らなければならない事態が起きる可能性もあります。万が一、紛争事案に発展した場合には解決に向けたアドバイスをご提供していますが、どんな事態にも対応できるような契約を予め規定しておきたいもの。そこで、私たちはいざという時の緊急避難的な条項を入れるなど、日本企業の営業活動を守るべく、さまざまな角度から万全の対策を検証しています」

世界中の最新トレンドをいち早く提供

ベーカーマッケンジーの世界77カ所のオフィスには必ずコンプライアンスのメンバーが所属し、全世界をカバー。どこで日本のグローバル企業がトラブルに巻き込まれても、即座にサポートできる体制が整っている。

「私たちは各国の法制や業界ごとの経験値、知識を共有し、常に法令、執行、実務の動きを把握しています。さらにそれらの情報を集約・分析する専門のサポートチームが常時アップデートを内部配信しているため、あらゆる国と業界の最新トレンドをいち早く入手。日本企業へのアドバイスに活用しています。

こうした国と地域を越えた組織体制は、第二次大戦後の事務所創立から長い年月をかけて構築されたものです。米国の同時多発テロ事件や香港でのSARSなど地域的な危機的状況が起きた際には他の地域のメンバーがサポート。東日本大震災で東京が危機に瀕した時は、グローバルのサポートに加えてニューヨークや香港のメンバーが業務継続のノウハウを共有してくれたため、緊急事態下でも日本企業のサポートを滞りなく行うことができました。これらの経験を経て、世界中のオフィスをつないで完全リモートでも業務を継続しうる体制が確立されており、長引くコロナ禍においてもグローバル企業を支援し続けられるのです」(武藤氏)

「私たちは法令を守りコンプライアンスを徹底するための社内ルールやプロセス作りのほか、コンプライアンス方針や戦略を策定する前提となるリスク分析も行っています。危険性のある分野やその違反が企業に与えるインパクトの大きさを分析し、俯瞰的な視点からカバーすべき範囲と深度についてアドバイスしています」(武藤氏)

世界規模のパンデミックによって、本社スタッフによる海外視察が不可能になるなど、現地のコンプライアンス管理が行き届かない状況に陥っている日本企業は多い。結果、海外子会社や取引先は気が緩みがちになり、データ偽装などで不正が隠蔽される危険性や、違反を早期発見できないケースが増えている、と武藤氏は話す。

「海外拠点の臨場監査ができない場合は、現地のベーカーマッケンジーの弁護士が代行することも可能です。それも現地の視点ではなく、現地事情に精通しつつ外資系企業の本社視点をもつというユニークな立ち位置でチェックを行うので、安心してお任せいただけると思います」

あらゆる企業のコンプライアンス体制強化を共に構築

コンプライアンスは元々一部の大企業が取り組むべきものという意識が強かったが、時代とともに上場企業は全て取り組まなくてはならないという傾向に。さらに、中小企業においても取引先、出資者、金融機関からコンプライアンスの徹底が要求されるケースが増えている、と武藤氏は語る。

「今後は、例えば大手の百貨店や通販業者が「フェアトレード製品とサプライチェーン透明性が担保された商品しか扱わない」という方向に動く可能性すらも考えられます。そうなると、中小事業者であっても一定のプログラムを導入して審査を受けなくてはならない。コンプライアンス業務の裾野はさらに広がっていくでしょう。

既にコンプラアンスを導入している日本企業にとっては、これからはSoft LawやEthicsも含めた新しいトレンドのキャッチアップを怠らないことがカギとなります。私たちは世界的なトレンド情報の提供やプログラム策定・実施などのサポートを通じて、社内カルチャーの醸成や経営意識の変革を含めた長期視線で、クライアントの皆様と共にコンプライアンス機能の強化を支援していきます」

「日本企業におけるコンプライアンスの取組は、ここ数年間で飛躍的に向上しました。今後はさらに視野を広げ、グローバル目線で進化するコンプライアンスを捉えることが大切です。世界中で蓄積されたベーカーマッケンジーのノウハウを駆使し、お客様のグローバルビジネスの更なる躍進をサポートさせていただきたいと考えています」(武藤氏、板橋氏)

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