バイデン大統領によるアメリカのパリ協定復帰、菅首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」、2015年の国連サミットで採択された2030年までに達成を目指す持続可能な開発目標(SDGs)など、年々国際的に重要度が増すサステナビリティ。企業活動を継続するうえでも、目先の利益を追求するだけではなく、“いかに社会的課題を解決し、持続可能な社会を作っていくのか”という認識は、責務として世界的に広まっている。世界最大級の国際法律事務所 ベーカーマッケンジーでは、2030年までの戦略の中核の一つとしてサステナビリティを掲げ、自身の取り組みはさることながら、厳しさが増す市場環境の中で、一見全体像が掴みにくいこのテーマを企業がうまく織り込み、長期成長できるよう支援に努めている。そこで、そのサステナビリティの法律専門家を取材し、世界のトレンドや今後の動き、日本企業の課題などについて聞いた。

カーボンニュートラルと人権問題も考慮したガバナンスを

「数年前まではいわばCSRのような、企業の社会的責任の一環として捉えられていたサステナビリティですが、現在では必ず取り組まなければならない項目の一つとして企業内外の意識も変化しています。その背景として、目標期限の2030年が迫るSDGsや気候変動への危機感のほか、増大するステークホルダーからの期待があります。従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した『ESG投資』が世界中で必須要項となりつつある現在、いかにサステナブルな事業活動を行うかという、ESGへの取り組みが企業に求められています」

そう語るのは、ベーカーマッケンジー法律事務所のサステナビリティ・グループに属する井田美穂子氏だ。フィールドが広範囲に及ぶサステナビリティのなかで、ESGを専門分野とする井田氏によると、従来は環境対策などに消極的な企業には投資しない「ネガティブスクリーニング」が主流だったが、現在はESG対策に取り組んでいる企業へ積極的に投資する「ポジティブスクリーニング」へと、投資家の行動が移行してきているという。

井田美穂子氏は、事務所の環境チームにも所属。世界各地のメンバーと最新の環境問題について日々情報交換を行っている。

では企業は何に注視すればいいのだろうか。

「環境(E)のホットトピックは脱炭素です。菅首相も2050年までのカーボンニュートラルを宣言しましたが、温室効果ガスの実質的な排出量をゼロにする動きが世界各地でみられています。社会(S)では人権問題がトピック。児童労働や強制労働、ジェンダー、人種差別問題といったところに焦点が当てられています。これらを考慮した上でのガバナンス(G)が重要で、法律面でも開示規制やデューディリジェンスについて、ガイドラインとしてのSoft Lawから、罰則のあるHard Lawへと変化しつつあります。EUではESG関連の非財務情報の開示を義務化しましたし、デューディリジェンスについても、英国では現代奴隷法が制定された2015年以降、企業は人権リスクの調査・報告が義務付けられています。3月には欧州議会で、人権だけでなく、サプライチェーンにおいて広くESGに関するデューディリジェンスを義務化することを求めることが決議されました。アメリカもESGに関する審査や調査の強化を進めています。日本にも確実にこうした流れが来ており、今後の動きに注意していく必要があります」

重要なのはサプライチェーン全体の管理

ビジネスのグローバル化が進み、子会社や生産拠点のほか、仕入先や取引先が海外というケースが常態化される現在、日本企業は国内だけでなく、海外のトレンドや法規制も考慮する必要がある。なかでも重要なのはサプライチェーン全体の管理だと、井田氏は話す。

「例えば日本のメーカーが自社製品の部品製造を海外の会社に委託している場合、その工場が人権侵害にあたる強制労働や児童労働を行っていないかどうか、発注元である日本メーカーがきちんと調査しなくてはなりません。その基準は国によって異なるので、国ごとの法規制への対応が求められます。製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、消費まで、各工程に関わる全ての企業が対象となるため、“取引企業に対してどこまで義務化できるのか”、“各国の法規制に対してどこまで対応する必要があるのか”といったご相談も私たちに多く寄せられています」

ベーカーマッケンジーが考える「企業がサステナビリティを取り入れるために必要なこと」は、主に10項目。明確で達成可能な目標及び効果的な評価尺度を確立したうえで、経営陣、マネジメントの関与と支援、リーダーシップを確保すること。そして、会社全体で漠然とした方針のみを策定するのではなく、部門ごとの役割を設定して部門相互に協働することが大切だ。研修やリスク管理などはサプライチェーンも対象とし、投資家を含むステークホルダーに対しては明確なコミュニケーションを提供し、正確な開示を行う。法的リスクのみならずレピュテーションリスクも考慮し、定期的な見直しを実施しておきたい。

企業の気候変動への取り組み、影響に関する情報を開示する枠組み(TCFD)への賛同企業数が世界でも1位となるなど、サステナビリティの意識が高い日本企業だが、一方で取引会社とのトラブルを避けるため、他社のことには目をつぶりがちな傾向もある。グローバルビジネスでつまずかないためにも、長期的な視点から自社を取り巻く環境を見直すことはもはや必要不可欠といえる。

他の法律事務所には見られない統合的サービスを展開

ベーカーマッケンジーの弁護士は、弁護士の実務ごとに業務を分類した「プラクティス・グループ」のほか、産業分野ごとに分類した「インダストリー・グループ」にも所属し、クライアント目線に立った各業界の世界各国の知見を共有している。さらに、「デジタル・トランスフォーメーション」や「サステナビリティ」といった国際的なトレンドのテーマを切り口とした「サービス・ライン」を新たに創設。全ての弁護士が得意分野の知見を磨き、日々クライアントのニーズを汲みながら横断的に連携する体制が整っている。

「サステナビリティの領域は非常に広く、さまざまな法分野が関わってきます。最近お問い合わせが多いサプライチェーン管理にしても、契約法はもちろん、競争法、国際通商、関税や輸入関連の知識も必要です。そこでチームをさらに5つのサブグループに細分化し、各国の弁護士と情報共有しながら、最新トレンドの掌握に努めています。さらにプラクティス・グループやインダストリー・グループで培った専門性と知見・経験を網羅した統合的サービスを提供。グローバルネットワークも駆使した、他に類を見ない体制で数多くのグローバル企業を支えています」

ベーカーマッケンジーは、国連地球サミットにて創設された持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)に2017年に参加した最初の国際法律事務所。前述の通り、SDGsを事業戦略の中核に組み入れており、1,400人以上の内外ステークホルダーに向けた調査に基づき、「インクルージョン&ダイバーシティ」「従業員としての働きやすさ」「人権」「気候変動への対応」をはじめとする、16テーマを優先事項として打ち立てている。

加速する再生可能エネルギーへの世界的シフト

そこで、年々注目度が高まる「気候変動への対応」に関しての企業の取り組みをみてみよう。ベーカーマッケンジーのサステナビリティにおける5つのサブグループの一つである「再生可能エネルギー」。ESGのE(環境)に欠かせない未来のライフラインとして期待される重要なテーマだ。グループに所属する玉川雅文氏によると、カーボンニュートラルを実現するためには、まず電力の脱炭素化が不可欠だという。

再生可能エネルギーのスペシャリストである玉川雅文氏は、主に国内に本社を構えるグローバル企業をサポート。ファイナンス面にも強く、数々のファイナンス組成に携わっている。

「身近なところでいえば、電気自動車やオール電化住宅なども脱炭素の一環ですが、これらを支えるのが電力であり、脱炭素化のためには、電力の脱炭素化が大前提です。この電力の脱炭素化は世界共通の認識となっていて、特に欧州では1990年代以降再生可能エネルギーの導入が進んでいます。日本では東日本大震災をきっかけに再生可能エネルギーが注目され、2012年にFIT制度(固定価格買取制度)が導入されています。一般家庭や事業者が再生可能エネルギーで発電した電気を電力会社が長期にわたり固定価格で買い取る制度で、これを機に太陽光発電を主として再生可能エネルギーの導入件数が一気に増えました。FIT制度における買取価格は下がり続けていますが、なお市場価格より高値で買い取りされており、今後も再生可能エネルギーへの移行は進むものといえます。また、2022年より再生可能エネルギー電気の買取価格を市場価格に連動させるFIP制度(Feed-in Premium)という新制度も導入されることで、再エネを主力電源とするための動きは加速化しています」

自然エネルギーの割合が80%近くに達しているオーストリアや、変動する自然エネルギー(風力および太陽光)VREの割合がすでに55%に達しているデンマークをはじめ、欧州では年間発電電力量における再生可能エネルギーの割合が高い。また中国もこの10年間で、再生可能エネルギーの導入が急速に進んでいる。一方、原発の比率が70%近くに達するフランスと日本は、自然エネルギーの割合が20%程度に留まっている。(出所:Agora Energiewende, China Energy Potal, 電力調査統計などのデータよりISEP(認定NPO法人 環境エネルギー政策研究所)作成)
2017年時点で水力発電が約6割を占め、再エネ発電比率が65.6%と突出しているカナダのほか、欧州の多くの国が再エネ発電比率30%を超えている。また、再エネ導入が急速に進んでいる中国も25%に達している。一方、フランス、アメリカ、日本(2018年時点)は20%未満と、後れをとっている。(出所:資源エネルギー庁)

再生可能エネルギーで発電した電気は電力会社に売るだけでなく、自社で活用するケースも。再生可能エネルギーへの移行を成長のチャンスと捉え、脱炭素や再生可能エネルギーの導入を重要な経営戦略の一つに位置づける日本企業が増加している。

次世代の再生可能エネルギーは洋上風力

ベーカーマッケンジーは、再生可能エネルギーの導入やファイナンスのサポートまで多岐にわたって専門的な法的サービスを提供する世界最大手の法律事務所であり、世界全体におけるサステナビリティの底上げに寄与している。

「再生可能エネルギープロジェクトの立ち上げには、まず土地利用権の確保や許認可の取得にはじまり、建設工事請負業者との契約交渉や、金融機関からの融資に関する交渉など、多岐にわたって膨大な量の契約が必要となります。私たちは、プロジェクトの立ち上げからファイナンスの組成までの法的サポートを一手に引き受けています」(玉川氏)

現在の日本における再生可能エネルギーの割合は、既存の水力発電を除けば、太陽光が最大で、次いでバイオマス、風力と続く。しかし、日本は太陽光発電や風力発電に適した平坦な土地が少ないという地理的要因などにより、大規模な太陽光発電や風力発電の導入には限界もある。そこで注目されているのが洋上風力だと、玉川氏は語る。

2014年には約12%だった自然エネルギーの割合が、毎年1ポイント程度ずつ増加し、2020年には20%以上に達した。なかでも太陽光発電の発電電力量は、前年(2019年)の7.4%から8.5%へと増加した。バイオマス発電(3.2%)は前年から2割程度、風力発電(0.86%)は前年から1割程度増加。地熱(0.25%)および水力発電(7.9%)も前年からわずかに増加している。(出所:電力調査統計などよりISEP(認定NPO法人 環境エネルギー政策研究所)作成)
菅首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」実現のためのカギとして期待される洋上風力発電。2019年に施行された再エネ海域利用法に基づき、国が洋上風力に適した一般海域を「促進区域」として指定し、公募によって選定された事業者が、促進区域において最大30年間の占用許可を得て洋上風力を実施する仕組みだ。
現在、秋田県の由利本荘市沖・能代市、三種町及び男鹿市沖、長崎県の五島列島、千葉県の銚子沖の4カ所が促進区域に指定され、公募手続が進められている。

「洋上風力は欧州ではかなりの導入実績があります。特に洋上風力の盛んなイギリスでは2020年に“グリーン産業革命計画(The Ten Point Plan for a Green Industrial Revolution)”を発表し、その中で、2030年までに現在の全家庭で使用する電力以上の電力を洋上風力で発電する目標を掲げています。近年は中国や台湾を中心にアジア諸国でも洋上風力の導入が急速に増えており、日本でも洋上風力を成長分野と捉えて導入が推進されています。ただ、日本にはまだ洋上風力の知見が足りないため、いかに先行する海外の経験やノウハウを活用できるかが、大きなポイントとなってきます」

世界中のトレンドや最新の法制度を集約

ベーカーマッケンジーの最大の強みはグローバルネットワークだ。サステナビリティ・サービス・ラインは、世界各地の最新トレンドを網羅・把握し、クライアントへ定期的に提供している。

「サステナビリティの目標設定から実現に向けた取り組み、実行した方策のチェック、改善策の提案まで、お客様のサステナビリティに関わるあらゆる業務をサポート。インダストリー・グループの知識も駆使し、お客様の業界に合わせた最適なサステナビリティ・サービスをご提供しています」(井田氏)

「再生可能エネルギーに関して、日本は欧米諸国やアジアから学ぶことが多くあります。また各国の法制度だけでなく、グローバルトレンドやインダストリーの課題、業界全体の動きを見極めることも大切です。私たちはグローバルネットワークを最大限活用しながら、最新のリーガルサービスのみならず、マーケットの状況も踏まえた、実務的なアドバイスの提供をさせていただきます」(玉川氏)

ベーカー&マッケンジー法律事務所は2022年に日本開設50周年を迎える。 「私たちが重要事項として選択しているSDGsの17番目の目標である『Partnerships for the goals』。今後もサステナブルな事業を推進し、お客様とともに世界での挑戦を続けていきたいと考えています」(井田氏、玉川氏)

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