10〜20名の少人数授業や、数名単位の超少人数ゼミを特色とし、講師陣には現役ビジネス・エクゼクティブがそろうKIT虎ノ門大学院。MBA(経営管理修士)とMIPM(知的財産マネジメント修士)を取得できる。

 金沢工業大学のフラッグシップ拠点として2004年に開設され、多くの社会人が通う。たとえばMBAの場合、経営や事業計画に関わる人はもちろん、人事や組織マネジメントを担う人も、この場所で学んでいる。

人事は「経営層が描く戦略を理解する必要がある」

上野由樹美
株式会社KDDIエボルバ ITS事業企画本部ITSHRM部 ITS人財開発グループ。2017年4月にKIT虎ノ門大学院イノベーションマネジメント研究科入学(野村ゼミ所属)、2018年9月に修了してMBA取得。在学中は展示会やイベントの企画・運営・設営を行う会社に勤務。修了後の2020年7月に現在の職場に転職、制度設計や人財開発の業務に携わっている。

 2018年9月にKITでMBAを取得した上野由樹美さんも、現在は人事系業務に携わる一人。KDDIグループのKDDIエボルバにて、エンジニア派遣やITアウトソーシングなど、ITソリューションを提供する部門に所属。人事制度の設計などを行っているという。

 彼女が今の仕事に就いたのは、KITを修了して約2年後のこと。その経緯は後述するが、それよりも取材で印象に残ったのは、「人事とMBAのつながり」に対する彼女の考えだった。

 なぜ、人事に関わる人がMBAを学ぶ意味があるのか。上野さんはこんな風に答えた。

「私が目指したいのは、会社の経営戦略や事業計画につながる組織のあり方を提案できる人事です。そのためには、経営層が描く経営戦略や事業戦略を理解する必要がある。KITで広く経営戦略やそのための手段を学んだことで、経営戦略を自分なりに噛み砕き、その考えに合わせた人事施策を考えられるよう今でも鋭意努力中です」

 人事業務の中でも、給与計算や労務管理といった作業は、今後AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)で自動化が進むと考えられる。一方、最近は経営戦略から人事施策を考える「戦略人事」の重要性も説かれてきた。人事の仕事は、事務処理を離れ経営に近づいている。その中でMBAを学ぶことは、不自然ではないのかもしれない。

仕事の課題を、大学院の授業を使って解決していった

 上野さんがKITに入学したのは2017年4月のこと。まだKDDIエボルバに転職する前であり、展示会やイベントの企画・運営・設営を行う企業に勤めていた。大学院への入学を検討し始めた当時の仕事は営業マネージャーだったが、いろいろな課題が挙がる中で、個人レベルではなく「会社組織として向き合わないと解決できない悩みが増えてきた」という。それが入学のきっかけとなった。

「その会社は設立40年ほどの中小企業で、売上も規模も急成長していました。入社当時は社員150名ほどだったのが、5年で約300人に増えたほど。すると、150人のときには出来ていたことが、次第に出来なくなって。たとえば、業務の割り振りや受け渡しがうまく行かず、ライン際のボールをお互いが拾いに行かなくなるような。この課題を解決するには、組織のあり方から見直すべきだと思ったんです。私が29歳頃のことでした」

 また、その企業は創業者がトップダウンで引っ張ってきたが、ちょうど2代目への事業承継を控えており、ボトムアップへの転換を図っている頃でもあった。その中でたどり着いたのがMBAだった。

29歳のころ、KIT虎ノ門大学院のMBAコースの門を叩いた上野由樹美さん

 「正直にいうと、それまでMBAについて詳しく知らず……。また、学位を目的に通ったわけでもないんです。ただ、いろいろ調べる中で組織づくりや経営について体系的・網羅的に学べるのがMBAなのかなと感じたんですよね」

 そうしてたどり着いたのがKITだった。目に留まった理由のひとつは、授業やゼミが「少人数」という点。100人クラスのMBAスクールもある中で、講師との距離が近く、疑問や課題をその場で聞いたり、深堀できたりする点が良かったという。上野さん自身、人と関わるのが得意ではなく、「何事も一人で済むならそれがいいというタイプ(笑)」とのことで、少人数スタイルが魅力だった。

 当時は残業も多く通学できるか不安もあったが、上司の理解が大きく、無事に通い続けられたという。

「仕事の課題をそのまま授業で解決していたので、上司にもKITで学ぶ意義を実感してもらえたのだと思います。たとえば修士論文も、実際の業務での悩みをテーマに研究しました」

自社の組織改善に取り組み、それをそのまま修士論文に

 一体どんな研究をしたのだろうか。上野さんは、当時の会社で求められていた「ボトムアップへの変革」を考える中で、組織にいる人材の「つながり」に着目。ボトムアップ型の行動指針案策定を、組織開発の手法を用いて実践することで、課題解決につながるのではないかと考えた。そのきっかけは、ゼミの主査であった野村恭彦教授から教わったソーシャルキャピタル(社会関係資本)という概念。ここを入口として、ソーシャルネットワーク、組織開発と興味分野を広げていった。

自社の組織改善に取り組んだ修士研究では、野村恭彦教授のゼミ指導を受けた

 具体的には、まず自社の社員140人にアンケート調査を実施。名前想起法による関係性分析によって「ロールモデル」となる社員を発見すべく、「情報交換をする間柄の人」「新しいことをしようとした時に頼る間柄の人」など信頼関係が構築されていなければ成り立たない行動に着目して、「それぞれのアクションを取る時の相手は誰か」を聞いた。そうして名前が挙がった社員の中から、役職などの肩書きによらず実際に現場から支持されている社員をピックアップ。その人たちをロールモデルに定め、追加インタビューを実施。ロールモデルの日常的な行動とその背後にある考え方や価値観を探っていったという。

 その後、インタビューを分析してロールモデルに通じる共通項(行動特性、思考特性)を抽出。その大切にしている考えや心がけている行動を反映した行動指針(バリューズ)の案を作ったという。この一連の研究を修士論文として提出した。これにより、初めて社員がボトムアップ的に会社の指針策定に関与する機会をつくり、会社としてこれまでにないボトムアップ型の組織変革に向けて1つのモデルケースを提示することができた。上野さんにとって、まさしく仕事の課題解決を行う場としてKITがあったのだ。

入学試験で言葉に詰まった思い出は、今も忘れられない

 2018年9月にKITを修了した上野さん。1年半の学生生活によって「やりたいことが明確になった」と振り返る。入学当初は、仕事の課題を解決するために、ある意味で“受身的”にMBAの門を叩いた。それを痛感したのが入学試験のとき。KITの三谷宏治教授にこんな質問をされた瞬間だったという。

「三谷さんに『あなたは何がしたいの?』と聞かれて、私は答えられなかったんです。今の会社の組織を良くしたいという漠然とした思いはありましたが、自分がどうなりたいのか、私自身がどこに向かいたいか、明確に描けなかったんです」

何がしたいの?入学試験の際には、三谷宏治教授からするどい質問が飛んできた

 しかし、そんな上野さんの進む道を照らしたのも授業だった。山田英二教授の「チェンジマネジメント特論」を受ける中で、彼女は組織開発やそのための人事をもっと勉強したいと考えたという。

「チェンジマネジメントとは、経営改革や組織変革を効率的に行うためのマネジメントです。山田先生の授業を受ける中で、どう施策を行うか、そしてどう人を巻き込みながら組織を変えていくかを学び、興味が湧きました。その後、組織開発の研究学会に通うなど、今も勉強しています。その研究学会も山田先生に紹介していただきましたが、今でも自分の意思で学べているのは楽しいですね」

山田英二教授のチェンジマネジメント特論の授業で、経営改革や組織変革を学んだ

 そして2020年7月、今の職場へと転職した。現在の業務も、人事の面から組織改善を考える立場。KITで学んだことを「人事という仕事に活かせていると思います」と力強く答える。そんな話の後に出たのが、冒頭で述べた「人事とMBAのつながり」だった。

 取材の最後、社会人が大学院で学ぶ意義を聞くと、自身の体験からこんな思いを口にした。

「MBAはハイキャリアで上昇志向の強い方が多いイメージですが、私のように、入学当初は『自分が何をしたいか』さえ明確に答えられなかった人間も修了できています。そして、授業で揉まれるうちにやりたいことや意思が芽生えました。もし入学に迷っている方がいたら、思い切ってチャレンジしていただきたいですね」

 ちなみに、人との関わりが得意ではないと話していた上野さんだが、KITではその悩みを感じず、仲間とは今も関係が続いているようだ。

「仕事の合間に通うからこそ、中途半端な気持ちで参加している人はいませんし、みんな全力で授業に臨んでいます。先生方もその思いに真剣に向き合ってくださいました。高校や大学とはまた違った濃厚な時間で、仲間との学び合い無しには乗り越えられなかったと思います」

 彼女の進む道を明確にし、また、大切な先生や仲間とも出会えた大学院での学び。1年半の期間を経て、彼女は今、自分の意思で自分の選んだ道を歩んでいる。

<取材後記>

 MBAは資格取得に重きが置かれることも多いが、上野さんは資格よりも、そこで得た知識や知見を確実に業務に活かしている。しかもそれが、人事や組織開発というのも興味深い。少人数のゼミやクラスだからこそ、いろいろなバックグラウンドを持つ人たちが、自分の状況に合わせたアドバイスを講師から受けられるのかもしれない。


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