一般社団法人CDP Worldwide-Japan ジャパンディレクター/博士(環境学)
森澤 充世氏

 2000年に英国で設立されたNGOであるCDP。投資家や企業、自治体などが自らの地球環境への影響を管理できるように、グローバルな情報開示システムを運営するのが、この非政府組織だ。2020年度には、世界の9600社強がCDPを通じて情報開示を行った。地球の持続可能性と企業としての持続的な成長を両立させるサステナビリティ経営が、企業にとってのグローバルな共通課題となる中、日本の産業界にはどのような変革が求められているのか。日本におけるCDPの責任者である、森澤充世氏に聞いた。

CDPのAスコア獲得企業は2020年度に45%増加

 CDPの主たる活動は、企業や自治体に「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト(森林保全)」等、環境問題対策に関する情報開示を求め、対策を促すこと。これは環境問題に高い関心を持つ世界の機関投資家や主要購買組織※1の要請に基づき、行われている。2020年度には運用資産規模で106兆米ドルに達する515の機関投資家と、調達規模で4.3兆米ドルに達する154の企業・団体が、数千社にCDPを通じた情報開示を求めた。彼らは、サステナブルな投資や調達を判断するためにCDPと協働している。
※1数多くのサプライヤーから製品や部品・原材料などを調達している大手企業

森澤 CDPは、英国で「社会的責任投資(SRI)の母」といわれたテッサ・テナントら3人がロンドンで設立したNGOです。機関投資家が投資先を選ぶ際の判断基準に、企業が行っている気候変動に対する取り組みを採り入れるように促そうというのが、設立の目的です。

 その目的のために、2003年から時価総額で世界上位の500社に対して、気候変動対策に関する質問書を送付し始めました。当時は500社のうち約400社が米国企業、欧州と日本の企業が約50社ずつでした。

 活動に賛同する機関投資家から「投資の選択基準にするには、企業数が足りない」という意見が出てきたこともあり、その後、質問書の送付先を拡大していきました。

 当初は気候変動対策に関する質問書だけでしたが、2010年からは水セキュリティ、2012年からはフォレストに関する質問書も送付しています。この質問書への回答を通じて環境情報開示を行った企業は、2003年度の228社から2020年度には9617社にまで増加しています。

 CDPでは、企業の開示内容と環境行動に基づいてスコアリングを行っています。最高評価であるAスコアを獲得した企業数は、2020年度で313社と前年度比で45%増と大きく増加しました。これはビジネスにおける環境意識と行動の高まりを示すものと言えます。

 一方で、Aスコアを獲得した企業は、評価対象となった5800社強のうちの5%にすぎません。7割を超える企業はCからDスコアの間にとどまっており、機関投資家や購買企業の要請にもかかわらず情報開示を行わなかった企業も3700社以上あります。これらの企業は環境リスクをもっと真剣に捉えることが求められますし、CDPとしてもこれらの企業に対してもっと開示と行動を促す活動が必要だと痛感しています。

 森澤氏は外資系の大手銀行に務めた後、東京大学大学院で環境学を専攻、博士号を取得した。博士課程在籍中にCDPの日本での活動を立ち上げ、その後、NGOの立場から日本の機関投資家や大手企業のサステナビリティへの取り組みを後押ししてきた。2020年度にCDPのAスコアを獲得した企業数を地域別に見ると、欧州が132社と最多で、次いでアジアが100社、北米が61社の順だったが、国別では日本が66社と米国の58社を上回り、トップとなっている。この結果には、森澤氏のリーダーシップと情熱が大きく寄与していると言っていいだろう。

森澤 外資系銀行で働いていた時は、金融機関が為替取引を行う際のクレジットリスクを減らす仕組みを日本で新たに立ち上げるなど、手応えのある仕事にも携わり、待遇も悪くなかったのですが、サステナビリティへの関心がどんどん高まり、その分野で働きたいと思うようになりました。

 そこで、思い切って会社を辞め、2004年に博士課程の学生になりました。当時はサステナビリティという研究コースはなかったので、環境学を専攻しました。環境学といっても、物理学や工学、生物学、社会科学などいろいろなアプローチがあり、専門分野が異なる学生たちと議論を重ねたことがその後、大きな財産となりました。

 在学中に研究の一環としてさまざまなセミナーや勉強会などに参加していたところ、共同創設者であるテッサが来日してCDPの活動報告会が開かれることを知り、私もたまたま参加しました。彼女の報告を聞いて「これは非常に素晴らしい活動だ」と感銘を受け、レポートも書いたのですが、聞くところによると日本での活動拡大に苦労しているとのこと。そこで、「私がボランティアでやります」と手を挙げたのです。

 学生との二足のわらじを履くことになりましたが、私の研究分野と一致していましたし、研究だけでなく自分がやりたいと思ったサステナビリティの分野で実際に活動できるのですから、こんなに楽しいことはありませんでした。

 銀行を辞めた時は、まさか自分がNGOで働くなんて想像もしていませんでしたが、博士号取得後もずっとNGOで活動を続けています。

欧米は政府も企業も、NGOと戦略的に協働している

 サステナビリティの分野においては、世界中のさまざまなNGOが政府や企業などと協働しながら、活動や政策をリードしている。しかし、日本では欧米に比べてNGOの数が少なく、企業がNGOと関わる機会も乏しい。森澤氏がCDPの活動を日本で始めた当初は、NGOに対する認識不足に苦労することも少なくなかった。

森澤 CDPの活動を日本で広めるために、まず必要なのは資金です。ロンドンの本部からは「GDP世界2位の国なのに、スポンサーはいないのか」と言われましたが、NGOといえば手弁当で草の根活動をがんばっている人たちというのが日本でのイメージでしたので、欧米とは文化が全く違います。

 資金調達に頭を悩ませていた頃、ある外資系企業が開いた会議に呼んでもらい、そこで英国大使館の方と話す機会がありました。その方と話したところ、「ぜひ活動を支援したい。支援基金があるから応募しないか」と提案してくれました。

 こういうプロジェクトを通じて、こういう成果を出しますというプロポーザルを書いて応募したところ、3年間にわたって資金援助を受けられることになりました。これが、初めてのファンドレイジング(資金調達)の経験でした。

 後になって、その英国大使館の方に「どうして支援してくれたのですか」と尋ねたことがあります。「政府として促進すべきと考えている政策と同じ方向で活動をしているNGOを支援することで、政策をより迅速に実行できるし、将来に制度化も円滑に進むから」というのが、その答えでした。

 欧米にはシンクタンク的なNGOがたくさんあり、自ら政策を立案し、賛同する企業を巻き込んで活動を広げています。政府も企業も、そうしたNGOと戦略的に協働することに慣れているのです。

 日本は業界団体が政府に陳情して、国として政策の方向性を明確に打ち出したり、制度化されたりした後に民間企業が動き出すという流れですが、これでは動きが遅れます。

 特にサステナビリティの分野ではEUが進んでいて、日本が遅れているといわれますが、その差が生まれる要因の一つが、NGOと政府、民間企業の連携の深さにあると思います。

 CDP Worldwide-Japanは2021年1月、2020年度に日本でAスコアを獲得した企業数十社の経営トップなどを招いた表彰式「CDP2020 Aリスト企業アワード」を、オンラインで開催した。来賓あいさつでは、菅 義偉首相、河野太郎特命担当相、小泉進次郎環境相、小池百合子東京都知事らがビデオメッセージを寄せ、CDPとAリスト企業の活動をたたえるとともに、政府としてのグリーン成長戦略に言及した。

森澤 最近は、企業の人たちから「CDPはNGOじゃないでしょ」と言われることがあります。それくらいCDPが企業にとって身近な存在になったのかと喜ばしく思う半面、NGO全般についてはまだ遠い存在、企業としては煙たい存在だという意識が残っていることも感じます。

 CDPがNGOを象徴するものだというイメージになれば、日本でも企業とNGOの連携が深まり、サステナブルな社会を実現する動きが加速すると思います。

 そのように変わっていくには、一つには国内で活動するNGOがもっと増える必要があると思います。欧米にはたくさんのNGOがあり、NGOからNGOへと転籍したり、民間企業とNGOの間で転職したりする人が大勢います。CDPでは今、民間企業と遜色のない待遇で職員を迎えており、日本でも若くて優秀な人たちが参加してくれるようになりましたが、そうしたNGOが増えていけば企業との距離感はもっと縮まると思います。

 もう一つ必要なのは、やはり企業側の認識の変化です。かつては、機関投資家の存在を煙たがり、対話に消極的な日本企業が少なくありませんでしたが、2014年の日本版スチュワードシップ・コード、2015年のコーポレードガバナンス・コードの導入などによって、今では投資家からのエンゲージメント(建設的対話)に積極的に応じる企業が増えてきました。

 企業にとっては、NGOも投資家と同じステークホルダーの一つです。企業とは違うものの見方や企業が知らない情報を持つNGOと対話することで、新たな気付きや知識を得られることもあります。

 多様なステークホルダーと話し合い、価値観を共有することは、サステナビリティ経営を実現していく上で、欠かせないことだという認識を持っていただきたいですし、実際に日本でもそうした企業が増えていることを心強く思っています。

 その対話や価値観共有の第一歩となるのが、情報開示です。企業が環境や社会にとってどれだけ良いことをしていたとしても、開示しなければステークホルダーには伝わりません。また、ステークホルダーに伝わりやすい開示の仕方とはどういうものなのかも、実際に開示してみなければ分かりません。

 CDPの質問書は、ステークホルダーとのより良い対話を行うためのドリルだと思ってください。ドリルをこなすことで世界標準となっている開示の仕方、情報の伝え方が理解できます。そして、標準的な開示にととまらず、自社の強みを伝えるにはどうすればいいのかが分かるようになります。

 CDPではサプライチェーンプログラムも運営しています。この「CDPサプライチェーン」は、米国のウォルマートやHP、英国のバークレイズ、フランスのロレアル、日本では花王やトヨタ自動車など世界で150社強の大手企業がメンバーとなっており、CDPを介してサプライヤーに環境情報の開示を要請しています。

 大手企業から質問書が送られてきて、最初は戸惑う企業もあるかもしれませんが、回答することでスコープ1(直接排出量)とスコープ2(電気などの使用に伴う間接排出量)を客観的に把握できるようになります。また、その回答が取引先にとってはスコープ3(スコープ1、2以外の全ての間接排出量)の元データとなり、サプライチェーン全体の環境負荷低減へとつながっていくのです。

 2015年のパリ協定では、産業革命後の世界の平均気温上昇を2℃以内に抑える目標が求められましたが、2018年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)特別報告以降は、1.5℃目標に取り組むことが世界の共通認識になっています。これを達成するためにも、ぜひCDPサプライチェーンの質問書に回答いただきたいと思います。

経営トップの理解と認識にかかっている

 前述の通り、2020年度にCDPのAスコアを獲得した企業は、日本が国別で最多だった。これをもって、日本の環境対策は世界に決して遅れていないと主張する向きもあるが、果たしてそう断言できるのだろうか。

森澤 2020年度に「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト」の3分野でAスコアを獲得したトリプルA企業は世界で10社※2、そのうち日本企業は花王と不二製油グループ本社の2社でした。日本にはこうした先進的な企業がある一方で、そうではない企業との差が大きいことを私は危惧しています。

 Aリストに入るような企業は、自らグローバルな情報を取りに行っていますし、私たちとの接点も多い。しかし、政府が方針や制度で縛らない限り、あるいは同業他社がこぞって動き出さない限り、様子見を続ける企業が多いことも事実です。

 EUでサステナビリティ対応が進んでいるのは、政策が先行しているだけでなく、投資家や取引先、NGOからの積極的な働き掛けがあるからです。それに対して、日本ではステークホルダーからの働き掛けがまだ少ないと思います。

 そうした中で、サステナビリティにどれだけ積極的、自律的に取り組めるかどうかは、経営トップの理解と認識にかかっています。

 例えば、CDPでは温室効果ガス排出量の報告については、第三者検証を取っていないとA評価にはなりません。第三者検証を取るには費用がかかりますし、CDPの質問書にきちんと回答しようと思えば、人手と時間もそれなりに必要です。

 サステナビリティ対応に限ったことではありませんが、企業が何らかの変革を行うには、リソースをかけなくてはなりません。十分なリソースの配分を意思決定ができるのは、経営者だけなのです。

 もちろん、経営者が環境対策の細部まで全てを理解する必要はありません。十分なリソースを配分すれば、例えばCDPの質問書に回答する過程を通じて、担当者が気候変動にしても、水セキュリティにしても、そして森林保全においても自然とスペシャリストになっていきます。そうなれば、担当者から報告を受けることで経営トップの理解は深まり、サステナビリティが経営判断に入っていくはずです。

 サステナビリティという点において、日本は恵まれているとも言えます。化石燃料を持たないだけに、石炭や石油産業のことを気にせず、新たな技術革新ができます。国境を越えて流れる河川がないので、水セキュリティが上流国の動向に左右されることがありませんし、農地転用のための違法な伐採もなく森林がよく守られています。

 例えば、企業と自治体が協力して地産地消型の再生可能エネルギーの発電・供給ネットワークを構築できれば、電力供給網が普及していない国や地域のサステナブルなモデルになるはずです。

 経営者とは、常に改革に挑む存在であるべきだと私は思います。長期的視点で、熱い気持ちを持って改革に取り組む経営者がいれば、さまざまなチャンスが広がり、日本がサステナビリティの分野で世界のトップランナーになれる可能性が十分あると私は信じています。
※2 10社はダノン、フィルメニッヒ、不二製油グループ本社、HP、花王、ロレアル、モンディ、フィリップモリス、シムライズ、UPMキュンメネ