ジョー・バイデン政権成立から100日目の4月28日にバイデン大統領の施政方針演説が行われた。
1時間5分にわたる長時間の演説だったが、中、露、北朝鮮、イスラム・テロとアフガン撤退など、外交問題については、6分程度しか時間を割いていない。むしろ内政重視の内容だった。
2021年3月には『暫定国家安全保障戦略指針(以下、『暫定指針』)』が公表された。
まず施政方針演説の注目点に触れ、その後、『暫定指針』の特色を分析することにより、バイデン政権の政策が、北東アジアと日本の安全保障にどのような影響を与えるかが、浮かび上がってくるであろう。
1 バイデン大統領の施政方針演説に見られる内向き姿勢
安全保障について、個別問題にまで言及されたのは、世界的な競争者とみている中国への対応だった。
習近平国家主席との電話会談に言及し、インド太平洋については、「NATO(北大西洋条約機構)で行っているような強力な軍事力を、紛争を始めるためではなく防止するために維持する」と明確に語ったと表明している。
ただし、対中政策の冒頭では、国営企業への補助金、知的所有権の侵害・窃取など、経済面での不正を許さないと、習主席に直接告げたことを強調しており、対中政策の重点は、安全保障よりも経済・貿易に置かれている。
対露政策では、比例原則に基づく対応をとるとし、選挙への不正介入や企業に対するサイバー攻撃などが為されたことに対し、相応の対応をとると警告している。
ロシアがウクライナで仕掛けているハイブリッド戦争のうちの、非軍事面に対する対策に重点を置いた発言になっている。
また、戦略核兵器削減交渉の再開、気候変動など、利害が共通する分野では協力するとしている。
このようにロシアに対しては、非軍事面での比例的対応を主体とし、協力も呼び掛ける姿勢を示している。
依存度を減らすとしていた核政策については、イランと北朝鮮の核不拡散阻止に触れるにとどまった。
中東でのイスラム過激派のテロ防止も言及されているが、アフガニスタンからの米軍撤退を明言するとともに、撤退後の米本土でのテロ防止などの米本土防衛に重点が置かれている。
演説の大半の時間は、この100日間のコロナ対策の成果から始まり、雇用確保、女性や児童の保護、教育投資、新エネルギー関連主体のインフラ投資、電気自動車・AIなどの新産業による経済成長、生活保障、中産階級への優遇、移民対策、銃規制強化など、これまで民主党が重視してきた国内向けの内容だった。
また、LGBTQI(同性愛者等の)問題、人種差別問題、警察改革など、民主党内左派の要求に応じた政策も強調された。
他方で、軍事研究開発費の健康対策への転用を表明するなど、全般に、治安の悪化、国防費の削減と軍事力の弱体化につながりかねない政策が目立った。
移民政策はカマラ・ハリス副大統領を指名し担当させるとしているが、すでに南部諸州では移民の大量流入が深刻な治安悪化を招いている。
中米諸国の移民発生源に対策を打つとしているが、差し迫った移民問題に対する即効性のある解決策にはつながらないだろう。
この点について、菅義偉首相とバイデン大統領の首脳会談に先立ち行われたハリス副大統領との会談の中で、移民問題の根本原因である中米の貧困等の問題解決のために日米が連携することで合意していることが注目される。
この合意については、首脳会談共同声明の「別添文書2」にも明記されており、今後、日本の中米支援に対する米政権の要求が強まるであろう。
また財源問題については、ドナルド・トランプ政権が2兆ドルの連邦赤字を積み上げたと非難しているが、上記政策の財源確保策としては、一部富裕層への増税と企業への法人税引き上げなどを挙げているものの、それで補填できるのかについての具体的な見通しや具体的政策には欠けていた。
共和党は早くも財源問題を追及し、移民の流入に対するバイデン政権の対応を非難している。
バイデン大統領は、新型コロナウイルス感染症対策を政権発足以来の最大の成果として誇っているものの、これも「ワープ・スピード作戦」などトランプ政権時代のワクチンの迅速な開発製造の成果とも言える。
バイデン大統領の施政方針演説では「アメリカは戻ってきた」と強調している。
しかし「戻ってきた」のは内向きの話であって、対外的にはバラク・オバマ政権時代から続く「世界の警察官から降りた」米国の内向き姿勢がさらに顕著になったことが窺われる。
今後、「バイアメリカン(国産品を買おう)」といった掛け声や新エネルギー産業がどれだけ実質的な経済成長や雇用確保につながるのか、移民流入による失業増加、低所得層の賃金低下、治安の悪化、「大きな政府」に伴う財政悪化をどう乗り切るのかなどの問題が、時間と共に浮上してくるであろう。
その結果、バイデン大統領が呼び掛けている米国内の分断を修復し団結を回復するとの狙いが実現されるのか、さらに分断が深まるおそれはないのかが注目される。
ちなみに、バイデン大統領の施政方針演説の視聴者数は2690万人にとどまり、トランプ氏を44%下回ったことが報じられている(『ロイター』2021年4月30日)。米国民の多くがバイデン大統領に対し、冷めた目で見ていることを示唆している。
もしも分断が深まることになれば、バイデン大統領の意に反して、大統領が称揚しているジョージ・フロイド氏を偶像化しているBLM(ブラック・ライブズ・マター)、アンティファなどの極左暴力集団が、警察の治安能力の低下に乗じて、再び活動を活発化するかもしれない。
それに対して、警察制度改革を唱えるバイデン政権が有効に対応できるかが危ぶまれる。
大統領選挙期間中も、BLMやアンティファは民主党系の知事や市長の地域で活発に活動し、治安を悪化させていた。
これらの極左暴力集団を中国やイスラム過激派などの外部勢力が暗に資金、武器などの面で支援し、あるいは便乗テロなどの行動に出るおそれもある。
このように、米国が国内問題に足を取られるに伴い、国際的な秩序が挑戦勢力により攪乱され、場合により局地紛争や大規模テロを惹き起こす恐れが高まるであろう。この点が、最も今後憂慮される事態と言えよう。