外交は他の手段による戦争の継続である

 問題は自動車だけではない。日本製鉄は今後5年間で2兆4000億円の設備投資で海外生産を増強する計画を発表した。同時に国内では高炉の休止を加速し、国内外の生産比率が逆転するという。

 国内に残る工場は電炉にして「カーボンニュートラル電力」に転換する予定だが、これには「カーボンフリー電力」が必要だ。カーボンニュートラル製鉄には5000億円の技術開発費がかかるが、2050年の製鉄コストは2倍以上になるという。

 それでもCO2が出ることは避けられないが、これはCCS(炭素貯留技術)で地中に埋める。そのコストは膨大で、立地できる見通しも立たない。このようにカーボンニュートラル投資はコストを倍増する投資であり、補助金なしでは実現できない。

 その補助金は、本当に2050年にカーボンニュートラルを実現しようとすれば、毎年100兆円以上かかる。これをすべて炭素税でまかなうとすると、消費税40%以上である。カーボンニュートラルは、日本経済に致命的なダメージをもたらすのだ。

 コストを増やさないで脱炭素を実現する方法は原子力である。今ある原発を延命すれば、2030年にCO2マイナス26%というパリ協定の約束は実現できるが、2050年カーボンニュートラルを実現するには原発の新増設が必要だ。しかし菅政権にはその気がないので、EUとアメリカが国境炭素税で合意すると、製造業の空洞化が起こるだろう。

 こういう話は「陰謀論だ」と批判されるかもしれないが、EUがこういう罠を仕掛けるのは今回が初めてではない。2015年の当コラムでも指摘したように、1997年の京都議定書で1990年を基準年にしたのも、EUが容易に達成できる目標を設定して日本を陥れる罠だった。

 議長国だった日本は「地球を守ろう」という美辞麗句に乗せられ、マイナス6%という過大な削減枠を飲んでしまった。結果的にはEUはマイナス15%と目標(マイナス7%)を超過達成したが、日本はプラス10%になり、排出枠を中国とロシアから数千億円で買うはめになった。

 4月の日米首脳会談で菅首相が2050年カーボンニュートラルを約束すると、莫大な国民負担が発生し、製造業は日本から出て行くが、原発の新増設なしでは実現不可能なので、結果的には何兆円もの排出枠を買うことになるだろう。それによって莫大な国民負担が発生するが、地球環境は何も改善しない。

 近世以降、500年にわたって血なまぐさい戦争をくり返してきたヨーロッパ諸国にとって、このような外交的策略で他国を陥れることは常套手段であり、小泉進次郎環境相のようなナイーブな政治家は手玉に取られてしまう。クラウゼヴィッツの有名な言葉を逆転すると、外交は他の手段による戦争の継続なのである。