光州事件には以前から興味があった

 じつは「パラサイト」の前に、チャン・フン監督の「タクシー運転手 約束は海を越えて」(2018)は見ていたのである。1980年5月の光州事件を描いたもので、この事件には以前から興味があったのだ。当時、韓国ではこの事件は報道されなかった。光州事件に関しては、もうひとつキム・ジフン監督の「光州5・18」(2008)がある。「タクシー運転手」の10年前に作られた映画である。

 1979年12月、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺後、全斗煥(チョン・ドゥファン)陸軍少将が率いる軍部が政権の座に就いた。全国的な民主化要求の声が高まるなか、軍事政権は1980年5月、全国に戒厳令を布告した。光州の民主化要求デモは戒厳軍に弾圧されたが、学生も市民も武装して反撃し、その結果、市民に多数の死傷者を出した。

 それが光州事件だが、この2作品で、そういうことだったのかとわかった。全斗煥という大統領は覚えている。そのつぎの盧泰愚(ノ・テウ)も。今からわずか30年前、1990年代の前半まで韓国は軍部独裁政権だったのである。

韓国民も大変な時代を生きてきたのだな

「弁護人」

「パラサイト」や光州事件の2作品以上に感心したのは、じつはこの時代を描いた2本の映画である。ヤン・ウソク監督・脚本の「弁護人」(2013)とチャン・ジュナン監督の「1987、ある闘いの真実」(2018)である。この2作でわたしは韓国映画のすごさを見せつけられたのである。

「弁護人」は、1981年の釜山で学生たちが逮捕拷問された事件(実話)での、一人の弁護士の闘いを描いたものである。弁護士時代の16代大統領の廬武鉉(ノ・ムヒョン)がモデルとされる。そのときに一緒に闘ったのが当時新人弁護士だった文在寅(ムン・ジェイン)現大統領である。裁判官、検事、警察相手に孤軍奮闘する主演のソン・ガンホの演技が大迫力で素晴らしい。この映画が1100万人の観客を動員したということも、韓国社会の独自性を表していて、わたしにはうらやましい。

「1987、ある闘いの真実」

「1987、ある闘いの真実」(2017)は、1987年、警察が延世大学の学生を拷問致死させた事件(これも実話)が元になっている。この作品にも感動した。この2作品とも全斗換大統領時代に起きた事件である。

 朴正煕(在任期間1963~79)政権時代の1968年に、北朝鮮特殊部隊による大統領暗殺未遂事件が起き、それ以来共産主義者への弾圧がはじまり、無実の市民が逮捕拷問されるようになったといわれる。そういえば金芝河(キム・ジハ)という反体制詩人がいたことを思い出した。韓国の民主化が始まったのは金泳三(キム・ヨンサム)が14代大統領になった1993年からであり、意外に最近なのである。

 現在の韓国からは、チーズタッカルビなどのB級グルメ、整形、二枚目俳優、「愛の不時着」のようなTVドラマの話題ばかりが流されて、もはや想像することも難しいが、この2作品を見ると、韓国民も大変な時代を生きてきたのだなと感銘を受ける。この2作はすごい映画である。こういう映画が作られているとは知らなかった。

 また韓国の俳優たちが見事である。とくに「弁護人」で弾圧の親玉である釜山警察署警監を演じているクァク・ドゥオンという役者、それと「1987、ある闘いの真実」で元締めの対共捜査所長を演じたキム・ユンソクという役者が、いずれもふてぶてしく、恐ろしく、じつに憎々しいのである。わたしは韓国の俳優をまったく知らず、全員はじめて見る俳優ばかりである。それだけによけいリアルで、つい俳優が演じていることを忘れてしまう。こいつ、ほんまもんじゃないのか、と錯覚しかねないのだ。