年初から新型コロナウイルス感染症の情報が流れ、日本ではダイアモンド・プリンセス号の寄港で一気に身近な問題となった。
しかし、東日本大震災以降、「想定外」に迅速的確に対処するための「緊急事態条項」問題が口頭に上がり、その後も大規模な地震や台風と停電、洪水災害が起きているが、法整備は何ら進まなかった。
新型コロナ対処でも一部の法改正を行う従来のパターンが繰り返された。日本人の「民度の高さ」から、結果的に自粛要請で乗り越えたが、どこまでも「要請」で「抜け駆け」を取り締まることはできない。
そこで、陰湿な「自粛警察」などと称される、日本人が嫌う状況も出現した。
世論調査からは国民は緊急事態条項の必要性を感じているが、野党が党利党略から議論しようとせず、国民を犠牲にしている。そうした姿勢が歓迎されるはずはなく、支持率の低迷となっている。
第2波、第3波とコロナが押し寄せている。真に日本の現状を憂い、国民の生命と福利を向上させようと思う野党であれば、日本学術会議会員への6人の非任命という些末な問題を政局絡みで採りあげるのではなく、米中の動きを見据えた国際情勢の中の日本といった視点での論戦が主体となるべきである。
不幸中の幸いというか、いま焦点となっている学術会議には日本共産党(以下共産党)が深く関わっていることが判明した。そこで、まずは共産党についてみることにする。
日本共産党の戦略
共産党は変わったのか、多くの疑問が投げかけられている。
近年は国会開会式に参列し、党大会に他党の代表を招くなど、従来はみられなかったソフトな言行から、「変わった」という見方も強い。
しかし党の根本を規定する「綱領」はそのままであることから、正しくは「戦術は変わった」が、「戦略は変わっていない」というのが正しいであろう。
友愛労働歴史館研究員の梅澤昇平氏は「『野党共闘』は共産党の隠れ蓑」(『Hanada』2018年8月号)で、不破(哲三)と並ぶ共産党の論客だった上田(耕一郎元副委員長)が「戦後の社会党史と統一戦線論」(『前衛』1977年11月号)という論文で、「重要なことは、政策論よりも組織論に比重を置き、しかも本質的に『幅広』論として特徴づけられる全野党結集論が、その当然の帰結として、政治目標の検討ぬき」であるとして、社会党が全野党を巻き込んで共闘する統一戦線論を痛烈に批判していた、と指摘する。
共産党は、当時野党で勢力を誇っていた社会党の提唱する全野党論(当時の公明党や民社党などを含む)は「政策抜き」で無原則だからやめにして、社共両党だけの統一戦線に切り替えろと主張していた。多ければいいという単なる数合わせは国民を馬鹿にするもので、政党の協力には「政策の一致」が必要だとする正論である。