(藤井 雄作:群馬大学 大学院理工学府 教授)
工学(精密計測工学、社会安全工学)の研究者・専門家として、政府が発表している「実効再生産数」の全国推移のグラフ(下の図)を見ると、「異常」を感じます。
(図とキャプションの出所)新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(令和2年5月14日)より
(筆者注) グラフの説明には、「青の影が95%信用区間」とだけあります。グラフには、「濃い色の(狭い)帯」と「淡い色の(広い)帯」の2つの帯(影)が示されています。 別の個所に、「4月28日時点の全国の推定値は、0.6(95%信用区間:0.4、 0.7)であった。」との説明があるので、本稿では、「青の影」=「淡い色の(広い)帯」と解釈しました。本来、このような重要なグラフの説明に、曖昧さが含まれること自体が、許されないことだと思います。
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筆者は、計測工学関係の国際的な英文学術誌に投稿された論文の査読(peer review)を日常的に行っていますが、査読対象の論文中に、この手のグラフがあったら、すぐに、「重要データの誤差評価が不十分であり、従って、そのデータに基づく論文自体も信頼できない」と評価し、「論文の重大修正(major revision)」を勧告します。その理由を以下に説明します。
都合のよい変数「Rt」を推定する難しさ
「実効再生産数 Rt」とは、「感染症に感染した1人の感染者が、(未感染者だけでない)集団に加わったとき、感染期間中に直接感染させる平均人数」と定義されます。定義から、Rt=1なら定常、Rt>1なら拡大、Rt<1なら収束に向かうことになります。
ある意味、実に都合の良い「数(変数)」であり、これを知ることと、感染が拡大するか否かを知ることはほぼ等価になります。
逆に言うと、このように都合のよい「数(変数)」である、実効再生産数 Rtを正しく推定することは、非常に難しいことだろうと思います。特に、「真の感染者分布」がほとんど分からない場合、限られた検査結果から、その値を正しく推定することは非常に難しいでしょう。「実際の感染者」が、「検知された感染者」の数十倍、数百倍存在している可能性も指摘されています。相当に謙虚な誤差評価が必要になってくると思います。この「数(変数)」は、日本全体の行動方針の策定に大きな影響を及ぼすものであり、間違い・誤解が発生しないように、細心の注意を払うべきだと考えます。
実効再生産数 Rtは、便宜的に、次式のように表すことができます(上記の定義に従い、表現を変えただけです)。
Rt =β× k × D
β:未感染者との接触1回当たりの感染確率
k:1人の感染者が、1日当たり、集団内で未感染者と接触する回数
D:感染日数
感染を収束させる(Rt<1を実現する)ためには、以下が有効であろうと考えられます。
βの低減:マスク着用、手洗い励行、免疫力向上、など
kの低減:検査体制の充実による感染者の早期隔離(=隔離されれば未感染者との接触回数は減る)、在宅勤務・在宅学習の導入、社会的距離の確保、免疫保有者の増加(集団免疫率の向上)、など
Rtの大きな振動は「異常」な現象
ここで、本題ですが、「全国の実効再生産数 Rt」は、その時点における日本全国における、全国民の健康状態(免疫力、抗体有無、感染有無、など)、衛生状態(マスク、手洗いなどの程度、清掃・換気の程度)、行動の仕方(勤務・学習形態、通勤・通学形態、社交・外食・宴会の様態・頻度、感染者の隔離状況、など)、接触の仕方(社会的距離の確保の程度、など)、などが総和的に作用した「その時点における、日本全国の社会全体の状態、国民全体の状態」により決まります。