(藤 和彦:経済産業研究所 上席研究員)
米WTI原油価格は「新型コロナウイルスの感染拡大が世界経済に悪影響を及ぼし、原油需要を押し下げる」との見方が広がり、約3カ月ぶりの安値で推移している(1バレル=50ドル台前半)。
新型コロナウイルスの悪影響については後述するとして、まず原油市場を巡る需給の動きから見てみたい。
地政学リスクが高まるも原油価格は弱含み
供給サイドでは、リビアの原油生産量が急減している。リビアの暫定政府と対立するハフタル司令官が率いる軍事組織が、国連主導の停戦の動きに反発して、1月後半から石油の積み出し港を封鎖している。これにより、日量約130万バレルだった原油生産量が同28万バレルにまで減少している(1月27日付OILPRICE)。
筆者が最も心配していたのはイラクの原油生産量の減少だったが、イラクでは国内の反政府デモの高まりにもかかわらず、1月中旬から閉鎖されていた油田での生産が再開し、日量465万バレルの原油生産量を維持している(1月27日付OILPRICE)。だがこのまま順調に推移するとは思えない。国際エネルギー機関(IEA)は1月16日、「供給途絶のリスクが最も高い国はイラクである」と指摘している。また北部のクルド人自治区の油田がイスラム国(IS)に奪われるリスクも高まっている(1月14日付OILPRICE)。
筆者が注目した3つ目の国はサウジアラビアだった。昨年(2019年)9月に生じた石油施設への大規模攻撃の懸念は薄らいでいたが、29日イエメン反政府武装組織フーシが「サウジアラビア南西部ジザンにあるサウジアラムコの施設などに大規模攻撃を行った」とする声明を発表した。被害の有無は明らかになっていないが、UAE(アラブ首長国連邦)沖を通過中のタンカーが被害を受けたとの情報がある(1月29日付ZeroHedge)。さらなる懸念材料もある。サウジアラビアの昨年12月の原油生産量が前月比30万バレル減の日量959万バレルに減少したことだ。今年1月からの減産強化を前倒しで実施したとの見方があるが、筆者は「大規模攻撃の後遺症により原油生産に支障が生じ始めているのではないか」と疑っている。
このように中東地域の地政学リスクは、筆者が予想したとおり高まりつつある。だが、米国とイランの軍事衝突の懸念が薄らぐとともに、「協調減産を実施していない産油国が増産する」との観測から、原油価格は弱含みとなった。