データを紐解き、
環境政策の効果と課題を探る

 地球温暖化が、年々深刻化している。南極大陸の氷解や異常気象など地球温暖化に起因する自然現象は、我々の生活にも影響を及ぼすようになった。世界はこの問題に対して、地球規模で解決しなければならない時期に来ているが、環境問題は各国の経済や政治、文化的な背景など複雑な要因が絡み合い、解決がむずかしい。

現代教養学部 国際社会学科 経済学専攻 教授
二村 真理子 氏

東京女子大学 現代教養学部 国際社会学科経済学専攻 二村真理子教授は、地球温暖化などの環境問題に対して、交通や物流の分野の対応策を研究している。地球温暖化の原因はCO2などの温室効果ガスであるが、そのうち自動車などの運輸部門が排出するCO2の量を減少させる対策について、さまざまな側面からのアプローチを試みているという。

日本の運輸部門から排出されるCO2は全体の約2割を占めており、近年減少傾向にあるもののまだ改善の余地がある。さらにその内訳を見ると、自動車による排出が全体の90%を占める。ここに注目し、対策やその効果などを研究しているのが二村教授だ。

この課題に対して日本政府は、2009年からエコカー減税やエコカー補助金などによる環境対応車の普及といった政策を講じてきた。この税制は消費者に環境性能の良い自動車を選択させると同時に、各自動車メーカーに減税対象となるような性能向上のインセンティブを与えるものであった。また、この政策がいわゆるガソリン車の性能向上に対しても適用されたことで、自動車市場全体がグリーン化した点は同政策の効果を高める結果となった。この結果、各自動車メーカーの技術革新と環境対応車の普及が進み、CO2の排出量は年々減少している。

データを紐解きながら、こうした政策の効果や課題を探る二村教授は、「政策に本当に効果があったのか、数字や統計から見ることができるのが、この研究の面白いところです」と語る。

トラックから電車・船舶へ
「モーダルシフト」をめざす

 二村教授はCO2削減の環境問題について、物流の側面からも研究を続けている。同分野における重要な環境対策である「モーダルシフト」とは、トラックによる貨物輸送を鉄道や船舶などの大量輸送が可能で環境負荷の小さい輸送モードに転換することを指す。1トンキロ(=1トンの貨物を1km運ぶ際に使われる単位)あたりのCO2排出量である「排出原単位」を考慮し、環境負荷の大きいものから小さいものへの転換をめざすのがモーダルシフトだ。

モーダルシフトを行った場合でも両端末の輸送はトラックに頼る必要があるために、おおよそ500キロ以上で貨物自動車よりも鉄道の優位性が出てくると考えられている。500キロとは、東京から京都くらいまでの距離であり、これを超える距離帯については「モーダルシフト率」などの指標が示される。しかし、ドアツードアで積み替えの手間がいらないことや、スケジュールにとらわれない利便性を背景としてトラックがシェアを増やしてきたこれまでの経緯もある。

二村教授は「確かに、トラックで運んだ方が効率がいい場合もあります。しかし、CO2削減のためにはトラックの排気ガスを削減しなければならず、企業の協力が欠かせません。そこで、企業のモーダルシフトに対する努力を「見える化」するためにエコレールマークと呼ばれる認定マークを発行していますが、一般消費者からの認知度が低いため、取り組みをさらに浸透させることが課題です」と語る。

一方、労働力不足の解消という観点からもモーダルシフトへの関心が高まっている。その背景にあるのが、深刻なトラックドライバー不足だ。昨今は物流業界でも、複数の荷主が同じ運送トラックで輸送する共同配送を行ったり、ドライバーの長時間労働を解消するために複数のドライバーで輸送する中継物流を行ったりするなど、さまざまな取り組みが行われている。モーダルシフトもトラックドライバーの負担を軽減する手段として有効である。たとえば、フェリーを利用する場合、トラックで港まで運び、荷物を載せたシャーシだけをフェリーに積み込んで輸送、到着した港で別のドライバーが受け取って、それを配送するといった取り組みが始まっているという。

二村教授は「ドライバー不足の問題とCO2削減の問題は、同時に解決策を考えていく必要があると思っています。現場の知恵や課題を聞いて、上手くいっている取り組みを整理し、実施にあたって何がボトルネックになっているのかなどを精査している段階です」と語る。

最後の課題は私たちの意識改革

 このように交通や物流の側面からCO2削減などの環境問題の対応策を研究する二村教授だが、環境に対する消費者の意識改革が一番の課題であると話す。特に、日本においては家庭部門のCO2排出量は増加傾向にあり、今一度、環境問題に対する意識を改める時期に来ている。

「もちろん個人差はありますが、消費者側に環境にお金をかけたり、少し高い金額を払ってでも環境に良い物を買ったりする習慣がないことも問題です。「日本人はきれいな水と空気はタダだと思っている」といわれることもありますが、もう少し環境改善や保全の価値を評価する必要があります。環境対策というのは、概して多額の費用がかかりますので、企業の努力を後押ししたり、またその努力が報われるようにしたいものです。例えば、公的な補助を行うとか、消費者が実際にその商品を購入するということです」と二村教授は話す。企業が負担する環境対策の費用は、最終的には商品代金に上乗せされるなど消費者に降り掛かかる。補助についても適切に使われ、効果を発揮しているのかを精査していく必要がある。

二村教授は「この分野は経済や政治、そして労働問題と、さまざまな原因が複雑に絡み合っています。そのため、解決すべき課題は多いのですが、課題があるからこそやりがいを感じる分野でもあります。安定的な輸送のためにこれからも研究を続けたい」と研究に対する想いを語る。今後はさらに、IoTを活用したトラックや自動車の効率的な運用、または代替輸送手段としてドローンの活用が進むと予測される。そうなればまた、新たな規制や普及に向けた施策などが必要になり、新たな課題が生まれるだろう。環境問題を少しでも改善し社会全体を前進させるため、同分野が果たす役割は大きい。
 

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