自衛権による武力行使に適切な制限を
2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件以来、国際社会のテロへの対応や措置は複雑化している。もともとテロといえば、政治的、思想的な理由で政権に圧力をかける国内犯罪の範疇であることが多かったが、現在はいわゆる「イスラム国」のように、国境を無視して他国領域で起きるテロが増えている。
准教授 根本 和幸 氏
こうしたテロを「越境テロリズム」と呼び、これに対する武力行使や必要性・均衡性原則の法的意義を研究しているのが、東京女子大学 現代教養学部 国際社会学科国際関係専攻の根本和幸准教授だ。根本准教授は国際法、国際機構論を専門とし、国際法の観点から国家の自衛権を考察することを主たる研究目的にしている。
たとえば、2001年10月から開始されたアメリカによるアフガニスタン紛争。アメリカ同時多発テロ事件を企てたテロ組織アルカイダに対して、アメリカがアフガニスタン領域へ軍事行動を開始したが、同国はこれを自衛権をもって正当化した。武力で攻撃を受けたのだから、自衛権を行使してそれを撃退できるという考えだ。
しかし、根本准教授は異論を唱える。「そもそも自衛権というのは、国家間で成立するものです。A国がB国に武力攻撃をした場合、国家対国家の関係に立つため、B国は自衛権に基づいて反撃を正当化できます。しかし、アフガニスタン紛争の場合は、アルカイダが非国家主体なので、原則としてアメリカは国際法上は自衛権を行使できません。国家対非国家主体という非対称の構造ですから、アメリカの軍事行動は合法ではないと判断されるのですが、それでもなし崩し的に戦争が始まり、その後は日本を含めた各国も支持しました。現在、テロリズムに対しては、自衛権での武力行使が当然のように行われていますが、こうした動きに制限をかける要件を考えることが、この研究分野に求められていることです」。
“やられたらやり返す”の紛争が連鎖する国際社会は、多くの不幸を生んでしまう。各国の都合に合わせて自衛権を拡大解釈するのではなく、国際法の観点から自衛権の適切な解釈と行使を突き詰めていくことが重要だというのだ。
時代とともに変わる「必要性・均衡性原則」
根本准教授は、自衛権行使の合法性を考察する際にポイントとなるのは、「必要性・均衡性原則」の要件だと説明する。簡単にいうと、必要性とは、武力行使に訴える以外に自衛の手段がないこと、均衡性とは、受けた武力攻撃に対して均衡のとれた形で自衛権を行使することだ。
「例えば、100発のミサイル攻撃に対して、核兵器1発の武力行使は均衡性を充たすといえるでしょうか。もしくは、3000名の死者が出たから、同じ3000名なら攻撃してもよいといえるでしょうか。どのような基準であれば均衡性があるといえるのか、私の研究では、過去の紛争やテロにおける各国の主張や国際裁判の判例を紐解きながら、その要件を分析しています」と根本准教授は語る。
また均衡性原則は武力行使以外の国際紛争を考えるうえでも極めて重要な視点だ。一例として根本准教授は、イスラエルがパレスチナに建設した分離壁(なお、イスラエルは「安全柵」と呼んでいる)を挙げた。イスラエルは2002年、自国の国民をテロリストの攻撃から守るという名目で、高さ8メートルのコンクリート壁を何百キロも建設した。イスラエル側は安全柵によってパレスチナ人によるイスラエル市民への自爆テロが減少したと主張しているが、そもそもこれは、イスラエルとパレスチナの国境に建設されているのではなく、90%以上がパレスチナの土地を奪いながら建設されている。これにより、パレスチナ人の街が分断され、生活や農業などさまざまな面で不便を強いられているのだ。
こうしたイスラエルの行為は均衡性があるといえるだろうか。国際司法裁判所は同国の自衛権は認められないとの意見を出し、イスラエル最高裁も一部の安全柵(壁)は均衡性がないと判断し、その建設の中止と撤去を求める判決を下しているが、イスラエル側は現在も安全柵の建設を続けている。
「均衡性の解釈は、時代とともに変わってきています」と根本准教授は話す。かつては、相互主義で 「相手の攻撃と釣り合った、必要な反撃かどうか」が基準だったが、近年では「自国の目的の達成に必要な手段であれば均衡性がある」という自衛行為をする側のみの行為とその目的を基準とする解釈に変化し、各国があいまいな基準のもとに自衛権を行使し、ときに多くの巻き添えや不必要な損害が自衛権により都合よく正当化されている。
根本准教授は「国際法は、外交交渉や国家実行を通じて、国家により作られるのですが、それでも声の大きい国が優位にルールを作っているのが現状です。このような状況に対して、日本はどのように自分の国や国民を守っていくのか、それを考えることも研究の重要なテーマです」と述べた。
日本と、日本の国民を守る自衛権の研究
根本准教授が取り組む国家の自衛権に関する研究は、最終的に日本の対外的政策や国民保護に寄与している。たとえば、日本が長年抱えている海外への自衛隊派遣の問題について、どのような目的で、どういう手段で任務を遂行するのか、またその際の武器使用を国際法上でどのように正当化していくのか、日本の立場を明確にする際に自衛権の解釈が求められるからだ。
「自衛隊が海外に派遣され、現地での緊急の要請に基づいて他国の軍隊を防衛する際に、現地の一般市民を殺してしまったとしましょう。どのように、その行為を正当化すればよいでしょうか。日本や、日本の国民を守るためには、国際社会でも説得力のある自衛権の解釈を深めておくことが重要であり、それを法の下で政策に反映していくことが求められます」と根本准教授は語る。
また自衛権は国民保護にも大きく寄与する。近年は、日本人が海外でテロリズムや散発的な攻撃に巻き込まれる被害も増えており、その対応にも迫られている。たとえば、2019年6月に起きたホルムズ海峡タンカー攻撃事件。日本のタンカーが襲撃された後に、イギリスのタンカーも同じ被害に遭ったが、イギリスやアメリカはそれを「海賊行為」や「テロ組織による行為」であると宣言した。
「イギリスやアメリカ政府高官の発言から読み取れるのは、一国の外務大臣でさえ海賊やテロリズムを法の言葉として定義づけることなく使っているということです。国際法の観点からみれば、海洋の航行に関する規則違反の嫌疑に基づくイランの軍隊による武器使用と拿捕と捉えることができるのであって、直ちにテロとは考えません。なお日本は、これを重大な事案として断固非難して、情報収集に努めるとしました」と根本准教授は語る。
国際法の不正確またはあいまいな解釈は、時に新たな紛争の火種にもなりかねない。国や国民を守るためには、どのような要件を充たせば自衛権が正当化されるのか、その基準を明確にしておく必要があり、時代とともに揺れ動く自衛権の解釈に関する研究は、今後もさらに求められる。
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