自分にとって、どうあることが幸せなのか、それを身に染みて理解するのは、この世界で自分一人である。

 金、地位、名誉。いずれも世の中一般で価値があるとされているが、そんなものに目をくれずとも人は十分に生きていける。「アラジンと魔法のランプ」をはじめとする古の説話が我々に教えるのは、偶然手にした力によって勝手気ままを通せば、かえって身近にあった幸福まで失ってしまうという教訓である。

 そして、幸せについてと同様に、どうあることが不幸せだと感じるかについても、自分以外の人にとやかく口を出される筋合いはない。

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 昨年話題をさらったNHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の中に、次のようなシーンがあった。

 漫画家・水木しげるは戦争で左腕を失っているが、彼の2人の娘はそのことを気にしないまま成長してきた。しかしある日、妹が近所のおばさんに、「お父さん、右腕だけで大変ね」と言われたことによって初めて、片腕であることは不幸なのだと感じてしまう。

 妹は姉に相談をして、娘たちはしばし、他人のお節介な気遣いによって生まれてしまった、「お父さんは、かわいそうなのかもしれない」という思いに胸を痛める。

 もとより水木しげる自身だって、自分が片腕であることを喜んではいないだろう。実際、彼は戦争体験に基づいた陰欝な漫画をいくつも描いているし、その中で日本軍および日本兵がいかに理不尽かつ堕落した存在であったかを繰り返し告発している。いわば彼は日本軍の愚かさゆえに左腕を失ったわけだ。

 それでも、水木しげるには右腕が残されて、そこから『ゲゲゲの鬼太郎』をはじめとする数多の傑作漫画が生まれてきたのだし、長年の慣れで片腕だけでも日常生活に不便はない。