サム・ペキンパー監督(左)とウィリアム・ホールデン

かつてはドル箱だった西部劇はなぜ衰退したのか

 かつてはハリウッドの主役であり、ドル箱だった西部劇。何度もアカデミー賞*1に輝いたことのある西部劇。

*1=西部劇でアカデミー賞を受賞した作品は、「シマロン」(1931年、ウエズリー・ラッグルズ監督、リチャード・ディックス主演)、「続・夕陽のガンマン」(1966年、セルギオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演)、「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(1990年、ケビン・コスナー監督・主演)。

 ゲイリー・クーパー、ジョン・ウェイン、クリント・ウッドワードらスターが演ずる保安官やカウボーイに米国人の持つ強さや正義感、優しさを感じ取った日本人も少なくなかったと思う。かくいう筆者もその一人だった。

 ところが一世を風靡した西部劇も1960年代後半頃から衰退してしまった。その後も制作はされるのだが、一部例外を除いてそれほど話題になることはなかった。

 その要因は公民権法が成立して以降、米社会に人種に対する意識改革が進んだからだとされている。

 西部劇では「悪玉」のアメリカ・インディアンは、「先住民族」という表現に代わり、「悪玉」はむしろ先住民族を居住地域から追い払おうとしてきた白人開拓者であるとの認識が定着した。

 白人中心主義に対する原罪が問われた(悪いことをしたという認識はあっても白人がそのことについて正式に謝罪したことはない)。

 白人たちが迫害し、虐殺したのは先住民族だけではなかった。野生のバッファローを絶滅寸前にまで追い込んだのは白人開拓者だった。自然破壊の張本人だったのだ。

当時、テキサスとメキシコには国境などなかった

 日本では、西部劇に引導を渡した「最後の西部劇」と言われているのが1969年に制作された「ワイルド・パンチ」だ。

 在ハリウッドの日本人映画通によれば、「最後」とは、西部劇の重要な要素である銃撃戦が、この映画ほど過激なものは以後出てこなくなったという意味と、西部劇にはお決まりのハッピーエンドを抹殺した異色の作品だったことらしい。

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