「原発ゼロ法案」を発表する小泉純一郎元首相(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 小泉純一郎元首相が顧問を務める民間団体が「原発ゼロ基本法案」を発表した。その中身は「原発の即時停止」や「2050年に再生可能エネルギー100%」などの荒唐無稽な話だが、小泉氏の思い込みの強さは郵政民営化を唱えたころと同じだ。

 かつて「小泉改革」を成功させて多くの国民の支持を得た元首相が、こんな空想を繰り返しているのは奇妙である。小泉改革は「変人」の首相が、たまたま成功した「まぐれ当たり」だったのだろうか。郵政民営化や構造改革とは何だったのだろうか。

郵政民営化は無意味だった

 小泉氏が2001年4月に自民党総裁に当選したのは、3度目の挑戦だった。それまで泡沫候補とみられていた彼が勝ったのは、「自民党をぶっ壊す」という既成秩序への挑戦で地方票を集めたためだった。

 それは本来は「田中派(経世会)をぶっ壊す」という意味だった。田中派の支配する郵便貯金の資金が大蔵省の資金運用部に預託され、その資金が財政投融資計画(財投)として特殊法人などに低利で融資されていた。国鉄の37兆円以上の長期債務も、ほとんどが財投の融資だった。

 財投の赤字は政府の一般会計予算から補填されたが、その中身は国会で審議されないので、不透明な「第2の予算」として田中派の資金源になっていた。これが財政をゆがめているので郵政事業を民営化すべきだ、というのが当初の小泉氏の発想だった。

 それは正論だったが、1990年代に大蔵省は財投の赤字を防ぐために資金運用部を通さない自主運用を増やし、資金運用部は2001年4月に廃止された。小泉首相の誕生したときは、彼のぶっ壊そうとした田中派の貯金箱はすでになく、民営化は無意味だったのだ。

「郵政選挙」で小泉氏が圧勝して2007年に郵政3事業が民営化されたときは、すでに自主運用になっていた郵便貯金が、ゆうちょ銀行と看板を掛け替えただけだった。財投も民間資金で運用され、残っていたのは郵便事業だけだった。

 しかし小泉政権の5年半に日本経済は大きく回復した。それが郵政民営化のおかげでないとすれば、何が原因だったのだろうか?