イノベーションの恩恵を国民が享受していくために
リスク・リワードの十分な議論を
前田 医療にも人間機械系システムが組み込まれてくると、課題がある一方、ベネフィットも期待されています。どのように社会システムの中へ組み込んでいくべきだと思われますか?
黒田 社会に対して医療データや情報システムを扱う立場としては、リスクの認識とその冷静な判断のうえで仕組みに取り入れるという議論をちゃんと客観的にしてほしいと思います。例えば、僕の弟は、昔デジタルテレビのチップをつくっていたのですが、ある日上司が「このテレビ、リセットボタンがついている(つまり暴走するかもしれない)。こんなもの売っていいんかなぁ。」と呟いているのを聞いたそうです。まさに、デジタル機器は暴走するかもしれない。それでもその機械があったほうが精度や効率は上がる。だからこそ、暴走した時にどうするかというシミュレーションが重要になるのです。
自動車だってそうです、今のハンドルはギアではなく電気でつながっているので、故障したら右に切ると左に曲がるかもしれません。エンジニアの方々は機械が暴走しないよう必死で作っているわけですが、それでも起こるかもしれないし、リスクはゼロにはならない。データを扱う世界でいえば、データは必ずリークする可能性がある。じゃあそのデータがリークしないようにとネットにつながず閉じ込めておくという選択をすると、結局データを何のために集めるのかということになる。
つまり、目的を明確にしてそれを使うことが大切で、その目的を実現するためにはデータがいるし、データを安く伝えるためにはネットがいる。こうした一定のベネフィットを得ようとすると、必ずリスクも伴ってくる。そこを冷静に判断することを社会全体でしないと、必ず甚大なクライシスを起こしますよ。
前田 リスクとベネフィットを俯瞰しておくことですね。海外ではどのような事例があるのでしょうか。
黒田 エストニアは人口130万人の国ですが、世界最先端のIT大国で、国民の全医療データが集まっている。このデータを研究のために2次利用しても良いかという議論に対する予測で、「オプトインとなると15%の人が参加してくれるだろう。オプトアウトだったら5%の人が取り下げるだろう。残りの80%はどっちでもいいだろう」という結果になりました。ではこの残りの80%の人たちのデータをどっちに振るかという議論になったのですが、「公共の利益に振る」と言う方針で、最終的にオプトアウトで行きましょうという判断になったそうです。現在は、オプトアウト率が1~1.5%くらいの範囲で動いているそうです。
日本では、「ビッグデータの利活用は多いにやるべき!」という意見と、「安全確保は十分か!」「事故発生時の対応は!」と言う意見が平行線で、エストニアのような課題解決への議論が十分になされていないように感じます。
来年から次世代医療基盤法が施行になりますが、ソーシャルシステムとしてのバックグラウンドはきちっと整備しておくべきだと思っています。公共の利益を前提として、社会に貢献するならばそれはきちんと使っていかないといけないと思うんです。データが正しくなければビッグデータはビッグに間違う。だからこそ、データの質や特性をきちんと把握して、「そこから何が導かれるか」を真面目に考えて知らなければいけません。日本がそのようなことを先延ばしや後回しにしていたら、間違いなく海外のどこかの国に先行されてしまうでしょう。
前田 本日は大変興味深いお話ありがとうございました。お話を伺っていて、①現在のデータの取り扱いのルールは、デジタルが今ほど普及していないころのアナログの世界を前提としてできておりデジタルの時代に合わせたルール作りが必要なこと、②航空業界を参考にデータを適切かつ安全に使うための人間機械系システムの向上やコミュニケーションの標準化の推進をすることは意味があるかもしれないこと、③最後に海外に先に越される前に日本としても社会のために積極的にデータを活用する道を探っていかなければならないということが良く分かってきました。
これらの3つを実現するには学際的なモノの考え方が必要であると思います。新たなルールの整備は法務的なケイパビリティが必要ですし、人間機械系システムの向上やコミュニケーションの標準化は認知科学や言語学的なケイパビリティが必要です。
最後のデータの活用は、倫理的視点や経営的な視点が必要と思われます。ビッグデータというと、データサイエンスや人工知能といった人材に注目が行きがちですが、それと同等以上に人文・社会科学的なケイパビリティが必要ですね。最終的に人間とデジタルが共生するような行動変容が求められ、おそらくは10年単位のチェンジ・マネジメントが求められると考えられます。
QuintilesIMSは2017年11月6日付で新社名IQVIAとなり、”Human Data Science Company”としてリブランディングしました。本日の対談のキーワードである「データ」、「サイエンス」を活用して、「ヒューマン」にとってよりよいソリューション提供を可能にする企業でありたいと願っています。
IMSとQuintilesの統合で、分子から市場まで、比類ないデータ、先端のテクノロジー、高度な専門知識や分析力を駆使する組織として、これまで以上にヘルスケアの進化に貢献して参りたいと思います。
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プロフィール
1971年 大分県別府市生。西陣の織屋の長男として京都で育つ。
1994年 京都大学工学部情報工学科卒。1998年 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士課程修了。博士(工学)。
奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科助手、フィンランド・オウル大学情報処理科学科客員教授を経て、2001年 京都大学医学部附属病院医療情報部講師。
2005年の京都大学病院の電子カルテ化を皮切りに、病院情報システム管理や病院経営支援等の業務に従事し、2015年より医療情報企画部長・病院長補佐。
病院運営業務の傍ら、Virtual/Augmented/Mixed Reality、Wearable/Ubiquitous Computing等の情報技術の医療・福祉応用に関する研究に従事。
現在、京都大学医学研究科と情報学研究科のそれぞれで、情報技術が当たり前にある時代の医療の姿を求めて、医療情報学に関する教育・研究活動を展開中。
1992年慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。同年横河電機入社、エンジニアとしてサウジアラビア、シンガポール、中国などの石油石化プラントの立ち上げに携わる
1998年カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了
1998年アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社で経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するトップ・マネジメント・コンサルティング・サービスを提供
2012年アイ・エム・エス・ジャパン株式会社入社後、IMS Consulting Group事業部の日本の統括を経て、2016年より取締役 テクノロジーソリューションズ担当
グロービス経営大学院教授兼パートナファカルティ、日本医療情報学会会員、ISPOR会員、ITヘルスケア学会会員 著書に『葡萄酒の戦略』(東洋経済新報社)、訳書にクリス・フロイド著『経営と技術』(英治出版)、共著に『グロービスMBAマネジメント・ブックII』(ダイヤモンド社)がある
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