解散・総選挙は、結局、自民党の大勝に終わった。立憲民主党が結党時の3倍以上に議席を伸ばしたが、野党勢力は自民党に対して何の痛打も浴びせることはできなかった。
安倍晋三内閣は、支持率よりも不支持率が高い内閣である。その安倍首相が解散に打って出て、この大勝ぶりというのは、稀有なことであろう。
自民党敗北の可能性もあった
では、自民党が敗北、もしくは大幅に議席を減らす可能性はまったくなかったのだろうか。そんなことはない。野党が大躍進する可能性は十二分にあった。
その1つの方法が、維新の会を除く野党の共闘である。昨年の参院選では、この共闘が功を奏した。今回も実現していたなら、おそらく数十議席は自民党の議席を減らすことが可能であっただろう。
だが、民進党内で共産党との共闘に反対する前原誠司氏が代表に就任し、共闘否定派が五月雨式に民進党を離党していったため、参院選のように4野党の共闘という構図が成立しなかった。
野党が躍進するためのもう1つの方法は、希望の党の小池百合子代表が「寛容な保守」を言葉だけではなく実際に貫くことであった。保守というのは、本来、寛容さ、鷹揚さを持ち味にしているものだ。保守には、マルクス主義、共産主義のような絶対的な価値観はない。だからこそ幅広さがあるのだ。共産党との共闘を否定し、踏み絵を踏ませるようなことをする必要はなかった。
「阿吽の呼吸」という言葉がある。何もガチガチの共闘ではなく、緩やかな共闘も可能であった。共産党をも大きく包むぐらいの度量がなければ、巨大自民党を倒すことなどできない。しかも、安保法制支持、憲法改正支持、消費税増税凍結という「政策協定書」なるものに署名をさせるという踏み絵まで踏ませてしまった。小池氏の師匠とも言うべき細川護熙元首相が「小賢しい。どこが『寛容な保守』だ」と批判したのも当然のことである。