吹きすさぶ不況風の中、外を出歩いてもロクなことがない。だから消費者は自然と財布の紐をぎゅっと締め、カネを使わないよう家に閉じこもる。しかし、自宅だからといって、必ずしも安穏と過ごせるわけではない。掛かってくる電話を取れば、受話器の向こう側から甘い勧誘の声。「金(きん)の先物を買わないか」「都内のマンションへの投資がおトクですよ」「和牛出資はどうですか。エビ養殖ファンドはいかが」・・・。

 そしてチャイムが鳴り、宅配便かと思って玄関のドアを開ける。今度は、執拗な訪問セールス。「長持ちする特製物干し竿はいかが」「ケーブルテレビに契約するなら今ですよ」「住宅リフォームをぜひ」「呉服を買って幸運を」「ふとんを新調して生活を豊かに」・・・。巧みなトークが続く。お願いしても帰ってくれない。

 年老いての一人暮らしと知ると、喫茶店に誘ってくる。ついには、「お前に使ったこの貴重な時間どうしてくれる」と凄まれる始末。よほど気丈でなければ、ついつい契約してしまう。断り切れず、クレジット払いで大量の購入契約を締結させられる事例も多発している。

 このような消費者の窮地を救うため、1976年立法でその後も順次改正されてきたのが特定商取引法だ。いわゆる「マルチ商法」に厳しい制限を設け、訪問販売や通信販売で業者が守るべき規制を定めたものだ。

 しかし、近年はその手口が巧妙になっている。住宅リフォームや呉服の訪問販売は、独り暮らし高齢者を狙いうちで高額契約。若い世代を標的にする詐欺的商法では、インターネットオークションを使うなどが新たに社会問題化している。

 このため、特定商取引法は昨年6月に再び改正された。それに伴い、この法律の消費者保護規定がすべての商品・サービスに及ぶ。訪問販売業者に「契約しない意思」を示した消費者への勧誘、小難しい法律用語で言うところの「不招請勧誘」は禁じられる。訪問販売では通常の必要性を著しく超える商品を契約した場合、契約から1年以内は解除できる。インターネット取引では、返品条件を事前に明示していない場合でもクーリングオフが可能だ。消費者が予め望んだ以外の電子メール広告の送信は原則禁止。2009年中にすべて施行される見通しであり、悪質勧誘に悩む消費者には朗報となるだろう。

法改正、猛反対した新聞業界

 ところで、新聞業界は訪問販売のトラブルを取り上げ、消費者目線で日々紙面をつくっている。もろ手を挙げて法改正に賛成したかというと、さにあらず・・・。2007年秋、経済産業省の産業構造審議会・消費経済部会小委員会が、特定商取引法の改正を審議。その際、訪問販売への規制強化案に猛反対した有力業界団体の1つが、日本新聞協会だったのだ。

訪問勧誘を維持できるか・・・

 同年11月21日、日本新聞協会の販売委員会は経産省の担当課長を呼び、意見を交換。そのうえで、産構審宛てに意見書を提出し、「過剰な規制が生じることのないよう慎重な検討」を求めた。悪質業者の違法行為を取り締まれば足りるのだから、通常の営業行為は規制するな。新聞は公共的役割を担うのだから、過度な規制はするな、というわけだ。

 協会加盟各社の個別意見になると、トーンはもっと勇ましい。曰く、新聞は公益的商品で商品に欠陥はないのに、布団やリフォームなどの悪質業者と同一視するのか。訪問販売では不招請勧誘を禁止するというが、新聞の場合は「断られるところから勧誘が始まる」「消費者からのクレームは多いかもしれないが、新聞の勧誘は母数が大きい」から仕方ない。苦情件数も「絶対数でいえばまだ大きい」ものの、最近は「減少している」から問題ない。

 いやはや・・・。新聞は社会の公器だから、不招請勧誘禁止の無視も勧誘・契約をめぐるトラブル・苦情の多さも「そんなの関係ねえ」と言わんばかり。強引な訪問販売を断り切れず、ついつい契約してしまった消費者の悲鳴が新聞各紙でセンセーショナルに報じられている。それなのに、なぜ新聞だけは「断られるところから勧誘が始まる」のか。