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17歳の少女の結婚生活を描いた『おさな妻』。本当はティーン向けに書かれた小説だった(写真はイメージ)

(文小松 聰子)

「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝
作者:荒川 佳洋
出版社:河出書房新社
発売日:2017-01-27

 ジュニア小説家と官能小説家は、はたして両立しうるものなのか?

 ジュニアという音からは、エロい匂いがしない。カンノウはエロい雰囲気だし、ましてやカンノウショウセツは絶対エロい。エロくないものとエロいものというのを同じ人間が書き分けることは可能なのだろうか? エロくないものを描いているときに自分のエロさに蓋をして描いているのだろうか? それともその逆なのだろうか? いや、相反する二つの事象を高次元で統合することが可能なものなのだろうか?

 本書『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』はジュニア小説誌で少女たちを熱狂させ、さらには官能小説のジャンルでも活躍した富島 健夫の評伝である。富島 健夫の名は知らずとも、映画化もされた『おさな妻』のタイトルに聞き覚えのある方は多いだろう(私もそのひとりである)。

 富島は昭和6年(1931年)に日本統治下の朝鮮半島で農業を営んでいた両親の下に生まれた。その後終戦で福岡に引き揚げ、旧制中学から新制高校になる最中の高校生活を経て早稲田大学に入学する。そこで同人『街』に参加して作品を発表し始め、『喪家の狗』は第30回芥川賞候補になっている。その後ティーン向け小説において、教育的だったり、性的な問題をオブラートに包んだ旧来の少女小説を否定し、リアルな少年少女の姿を描いた「ジュニア小説」界のトップとして君臨する。他方、官能小説家としても多数の作品を残している。

出版社に考慮されなかった富島の意志

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 実は、富島はジュニア小説で活躍しようと思っていたのでもなければ官能小説を書こうと思っていたわけでもなかったのだという。創作活動の結果として、富島が知られるようになったのが、たまたまそのジャンルだった。

 富島には自分が書いたものを自分が思うように世間で扱ってもらうために、どのような戦略を講じたらよいのかという視点が欠けていたのだという。