ショパンが好きだったプレイエル、リストが好んだエラールといった古いピアノから、ヤマハなどの新しいピアノまで、ピアノを所有する家庭はパリにも多い。そのピアノの音を正しく美しく保つように調整してくれるのが、調律師。
でも、どんな学校で学ぶのか、どうやって仕事を取るのか、日本とフランスで調律に関して違いはあるのかなど謎だらけだ。
パリでは、いま、調律師と安易に名乗って、安価に仕事を請け負う人が非常に増えているという。これに比例して、数少ない日本人の調律師の人気が高まっている。「値段は高いけれども、日本人に頼めば間違いない。信頼できる」と評判だそうだ。
そんな調律師の1人、小川氏に出会うことができた。コンサート用も家庭用も経験豊富、日本との違いについても知っている小川(以下、敬称略)の話にぐいっと引き込まれた。
ピアノ修行から調律師の道へ、6年半の探究を経て独立を果たす
小川は、日本でもパリでも調律師を養成する学校には行っていない。音楽家としてピアノの勉強をするために、10代の終わりにパリに来た。インタビュー中に少しだけ弾いてくれた様子から、相当な腕を持っていることがうかがえたが、演奏やピアノ教師の道には進まなかった。
「ピアノを借りていたのが、いまいるこの工房、アトリエS.K.H.でした。それが縁で、古いピアノや調律の仕事に少しずつ興味がわいていきました。通学していたころ、切れた弦を直すなど簡単な作業をここで手伝っていました。
就職のことを真剣に考え始めたとき、音楽の道がいいか調律の仕事がいいかと選択肢が浮かびました。それほどピアノという楽器への思いが強くなっていたのです。そして調律を選んで、この工房で働くことにしたのです」
お邪魔したアトリエS.K.H.はレンタル、販売、防音、調律、修理などピアノのことなら何でも相談できる。経営者は、パリで長年暮らす日本人の木下氏。木下氏は調律師であり修理師でもあり、30年の経験を持つ。
小川の熱意は本物だった。脇目もふらずに働いた。木下氏と一緒に働きつつ、自分1人で学ぶ時間も毎日作って、アトリエにある古いピアノの数々に向き合った。
長年手入れされないままのピアノたちは、小川の手によって少しずつ元気を取り戻して行った。アトリエで徹底的に研究して知識を深めていったことは、本当に意義深かった。