1 初めに

 安倍晋三首相の8年ぶりの思い入れのある集団的自衛権の解釈変更機運が熟してきたように思える。5月15日の安保法制懇の報告書は、戦後の防衛・安全保障政策を大きく変える可能性を秘めており、長年、この種問題の解決を願ってきた者にとっては、喜ばしいことである。

 本論では、報告書の概要等を管見し、本報告書を受けた政府や国会等に対する期待と要望を述べたい。

2 安保法制懇報告書の概要と政府方針等

(1)報告書の首相への提出

 2013年2月に設置された「安保法制懇」は、5月15日、首相官邸で7回目の会合を開き、憲法解釈を見直すことで①集団的自衛権の行使を限定的に認める ②国連決議に基づく多国籍軍など集団安全保障に参加できるようにすることを求めた報告書を提出した。

(2)憲法解釈変更の必要性

 報告書は、次の6点を挙げて、我が国を取り巻く安全保障環境の変化を説明している。

①技術の進歩やリスクの性質の変化
②国家間のパワーバランスの変化
③日米関係の深化と拡大
④地域における多国間安全保障協力等の枠組みの動き
⑤国際社会全体が対応しなければならないような深刻な事案の発生の増加
⑥自衛隊の国際社会における活動(これらの詳細は割愛する)

 これらの戦略環境の変化の規模と速度に鑑みれば、我が国の平和と安全を維持し、地域・国際社会の平和と安定を実現していく上で、従来の憲法解釈では十分対応できない状況に立ち至っている。

(3)集団的自衛権

●憲法解釈

・憲法第9条の規定は、我が国が当事国である国際紛争の解決のために武力による威嚇又は武力の行使を行うことを禁止したものと解すべきであり、自衛のための武力の行使は禁じられていないと解すべき。

・「自衛のための措置は必要最小限度の範囲にとどまるべき」とのこれまでの政府解釈に立ったとしても、「必要最小限度」の中に集団的自衛権の行使も含まれると解釈すべき。
①我が国と密接な関係のある外国に対して武力攻撃が行われ、かつ、
②その事態が我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき
→③その国の明示の要請又は同意を得て、必要最小限の実力の行使が可能とすべき。

●立法政策等

・国会:法律上の根拠が必要。
④事前又は事後の国会承認が必要とすべき。
・⑤政府:総理大臣の主導の下、国家安全保障会議の議を経て、閣議決定により意思決定する必要がある。(総合的な政策的判断の結果、行使しないことがあるのは当然)
・⑥第三国の領域を通過する場合には、その国の同意を得るものとすべき。

●集団的自衛権行使の条件と俗称されているものは、①から⑥である。

(4)軍事的措置を伴う国連の集団安全保障措置

●憲法解釈

我が国が当事国である国際紛争を解決する手段としての武力の行使には当たらず、憲法上の制約はないと解釈すべき。

●立法政策等

・国会:法律上の根拠が必要。事前又は事後の国会承認が必要とすべき。
・政府:積極的に貢献すべき。政策上の意義等を総合的に検討して、慎重に判断すべき。

(5)PKO、在外自国民の保護・救出及び国際治安協力

●憲法解釈

 憲法第9条の禁じる武力の行使には当たらないと解釈すべき。このような活動における武器の使用(PKOにおける駆け付け警護や妨害排除を含む)に憲法上の制約はないと解釈すべき。

●立法政策等

・武器使用基準等、国連における標準に倣った所要の改正を行うべき。
・いわゆるPKO参加5原則についても見直しを視野に入れ、検討する必要がある。

(6)武力攻撃に至らない侵害への対応(所謂グレーゾーン対応)

●憲法解釈

 「武力攻撃(組織的計画的な武力の行使)」に該当するかどうか判別がつかない侵害であっても、そのような侵害を排除する自衛隊の必要最小限度の国際法上合法な行動は、憲法上容認されるべき。

●立法政策等

 切れ目のない対応を可能とする法制度について、国際法上許容される範囲で充実させていく必要がある。

(7)いわゆる「武力の行使との一体化」論について

・我が国特有の概念であり、国際法上も国内法上も明文の根拠なし。憲法上の制約を意識して自衛隊による活動について慎重を期すために厳しく考えたことから出てきた議論。国際平和協力活動の経験を積んだ今日においてはその役割を終えたものであり、このような考えはもはやとらず、政策的妥当性の問題と位置付けるべき。

・実際にどのような状況下でどのような後方支援を行うかは、内閣として慎重に検討し意思決定すべき。

(8)政府は本報告書を真剣に検討し、然るべき立法措置に進むことを強く期待と提言した。