筆者のこの連載コラムでの役割は、「標準化」がイノベーションに与える様々な影響を紹介し、イノベーション活動の中に「標準化」を利用する視点を普及させることにあると認識している。

 今回は、標準化の新しい動きとして、「マルチスタンダード」を取り上げ、これが日本におけるイノベーションと産業の活性化にどのように影響するかを考えてみたい。

 特に今回取り上げるのは、製品標準の一種である「インターフェース標準」のマルチスタンダード化だ。

レコードもビデオも「マルチスタンダード」だった

 どんな画期的新製品であっても、それが社会に受け入れられるためには、社会とのインターフェース部分を標準化して、自らの「コアコンピタンス」が市場に普及しやすい環境をつくらなければならない。その意味で、会社が新製品を市場に投入する際には、多かれ少なかれ社会とのインターフェース標準を利用し、互換性を生み出すことで市場に参入しやすくしていると言える。

 例えば、どの会社の自動車でも、アクセルが右に、ブレーキが左にあり、ハンドルは丸く、回転させれば進行方向が変わる。これは人間と自動車の間で標準化されているインターフェースを各社が利用していることに他ならない。

 そして、例えば電子ブックのような新しい市場を開拓するためには、新しいインターフェース標準を作り出すことが重要な課題の1つである。

 このような観点からすれば、標準は技術ごとに1つであることが望ましい。しかし、実際には、1つの標準に収斂できず、複数の標準が市場に存在することも多い。これが「マルチスタンダード」だ。

 スタンダードが2つある場合に、「ダブルスタンダード」という言葉が「悪い状態」を示す言葉として使われる。マルチスタンダードも標準化の原則からすれば、「悪い状態」と言えるだろう。

 だが、「デファクトスタンダード」の獲得競争において、このような複数の標準候補が市場に存在することはよく見られる現象であった。

 すでに若い世代には忘れ去られているレコードには、コロムビア系のLPレコード(33回転盤)とRCAビクター系のEPレコード(45回転盤)が存在した。また、家庭用ビデオではソニー系のベータマックスと日本ビクター系のVHSとのデファクトスタンダード争いが有名だ。

 レコードの場合、2種類のレコードの利点が異なる上に、1つの機器で両者を再生することが容易であったため、住み分けが成立し、両者が併存することとなった。だが、ビデオの場合はテープ間に互換性がなく1台のビデオデッキで両者を再生することが困難であったため、ネットワーク外部性が働き、最終的にVHSが市場を獲得することとなった。

最先端技術のマルチスタンダードが増加している

 これに対してISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)などの国際標準化機関では話し合いによって標準を決定するため、標準化の収斂が可能で、1つの標準を実現しやすいとされていた。