日本は2007年に高齢化率21%を超える超高齢化社会を迎えました。少子高齢化対策の議論が多々なされるなか、高齢化社会が誰にとってどんな問題になるのか。現場感のある議論はまだまだ足りないように思います。
老老介護、長期療養型病床の不足などが問題視されますが、これは老化を「重荷」としか見ない、一方的な議論であるように思います。高齢化最先端の街、相馬で見る老いと学びとはどのようなものでしょうか。
高齢化社会は健康寿命を延ばす?
日本の平均寿命について、少し古いものですが、興味深い研究があります。平均余命を地域ごとに比較したところ、65歳以上の女性の余命は、収入が高いほど、また地域の若年層が多いほど、短いというものです*1。
また他の研究では、65歳以上の労働人口が多い地域ほど健康寿命が長い、という結果も見られています*2。
しいて説明をつけるとすれば、収入の高い女性は仕事と家庭の両立で過労となってしまうのかもしれません。また若年層が多いということは、さらに子育ての負担まで負っているのかもしれません。
現在、女性の労働環境を見直し、より多くの女性に子供を産んでもらおうといった対策がなされていますが、その中で男性の負担が占める部分はまだまだ少ないように感じます。
その現実とこの統計を合わせれば、極論を言えば、お年寄りが健康になるために、子供や若者を増やす必要はあるだろうか、という疑問へすらつながります。
もちろん自治体が栄えるためには重要ですが、そこに住むお年寄りに必ずしも益になるとは限らないのではないか。そんな問題提起までできる結果です。
老いとの共存
「うちのおばあちゃんは、震災前まで家族のお洗濯を全部やってくれていたんですよ」。今年106歳になられるKさんのご家族は少し得意そうにそう話されました。
相馬で外来をしていて驚くことの1つは、お年寄りが非常にお元気だという事実です。先日入院されたある80代の関節リウマチの患者さんは、ご自分で車を1時間運転して南相馬市立病院まで通っていらっしゃるそうです。
「通院が大変なのでは?」と申し上げたのですが、今まで通われていた先生のところに引き続き通いたいという希望があり、あえて通院を続けていただくことになりました。
高齢の方々は、気温や住居を含め、変化に対する柔軟性が徐々に落ちてきます。このためちょっとした気候の変化で突然寝たきりになってしまったり、亡くなってしまったりする可能性が高くなります。
もちろん体力や筋力も落ちますから、若者と同様に動く、という点においては難しくなってくるでしょう。