前回、私たちが普段持っているイメージと比べて、実は国の寿命が意外に短いことをご一緒に確認しました。「寿命」と言うと終わりが見えてから後の話になってしまいますが、今回はこれを「国の年齢」という観点から捉え直してみたいと思います。

 そんなことをしてみるのには、明確な狙いがあります。それは、長期にわたって厳重な管理が必要不可欠な放射性物質(とりわけ使用済み核燃料を念頭においていますが)を管理するうえで、そのような「長期保障」、もっと言うなら「基本財」が必要になるかを考えてみたいと思うのです。

 「基本財(primary goods)」というジョン・ロールズ(John Rawls)の概念の詳細については次回以降に回します。また、芸術音楽家に過ぎない私の理解は、ロールズ元来の考え方から外れているかもしれませんが、それならそれで全くかまいません。

 大切なのは、ロールズのコンセプトもヒントとしつつ、福島県や青森県の六ヶ所村、あるいは日本のみならずフランスやフィンランド、地球上のあらゆる使用済み核燃料を考えるうえで有効と思われる基本的な考え方を述べるところにあるからです。

日本の年齢、貨幣の年齢

 さて、ここで少し話が飛ぶようですが、「日本」という国の「年齢」を考えてみたいのです。1940=昭和15年、欽定憲法下の日本は「紀元2600年」を大々的に祝いました。来るべき戦争に備えての翼賛体制固めの一貫としてのキャンペーンでしたが、当時15歳だった私の母は代々木の練兵場で旗を持って皆で踊らされたそうです。

 この「2600年」という数字は、古事記日本書紀などに記された、現在では架空の存在であったことがまず間違いない神話的な天皇の100歳を超えるような長寿、長期在位を真に受けて、最も権威ありげに見せた「万世一系」のシナリオで「神武天皇即位」から2600年というフィクションの年代であります。

 が、どう考えてもこれより長い日本の歴史などあり得ない、1つの雛形として、今だけ仮にこれを踏襲すると、西暦2014年は紀元2674年ということになります。

 鬼畜米英などが用いる西暦よりも、恐れ多くも660年も古いのであるぞよ、という権威づけの年代ですが、それでもたかだか2700年に足りない。3000年という歴史を日本はいまだかつて刻んだことがありません。

 さらに、これを「価値の踏襲」を含むものとして考えると、もっと短い時間の長さが見えてきます。

 日本で初めて鋳造された流通貨幣は「和同開珎」ということになっています。西暦で言うと708(和銅元)年のことといいますから、ざっと1306年前から日本にはお金があることになるようですが、いまこれをコンビニに持っていっても缶コーヒー1つ買うことはできません。

 もちろん古銭のショップなどに持っていけばそれなりの値で引き取ってもらえるでしょうが、通貨としての命はとっくの昔に尽きている。つまり「お金にも寿命がある」ということですね。

 同様に、江戸時代に例えば尾張藩が発行した「藩札」を名古屋市内で使おうとしても、店の奥から店長が出てくるか、あるいはお巡りさん、さらには救急車などがやって来るのが落ちでしょう。明治、大正、昭和初期の硬貨・紙幣も、すべて「通貨としての寿命」がとっくに過ぎている。