熱海の商店街の外れに小さな食堂をオープンして1年。縁もゆかりもない町にやって来て、ほとんど土地勘もないままに独りでお店を始めるに至っては、友人、知人、家族、そして近所のおじちゃん、おばちゃんたちにまで、随分と心配をかけてしまった。
開店にこぎつけてからも「何だか変わった店ができたなぁ」と言われる一方で、「若い人がせっかく頑張っているのにお店がつぶれちゃったら可哀そう」と毎日のようにコーヒーを飲みに来てくれたおじちゃん、おばちゃんもいた。
おかげさまで、今では常連さんを中心に、お店は連日そこそこの賑わいとなっている。いろいろ無茶をした割に順調な滑り出しができたのは、熱海の人たちの気質に救われた部分が多いと思っている。
「女ひとり」のよそ者に肩入れしてくれる熱海のおばちゃん
大型宿泊施設が新婚旅行や社員旅行で賑わった昭和30~40年代、全国各地からたくさんの女性たちが、芸者さん、仲居さんとして働くために熱海にやって来た。当時の若者たちにとって熱海は一大保養地として魅力的な土地で、いわゆる集団就職とはちょっと違ったノリだったらしい。
時は流れ、温暖で暮らしやすく、長年共にした仲間がいることなどから、多くの女性たちが郷里に戻らず熱海で暮らし続けることを選んだ。そんな背景もあって、熱海はよそ者にも温かく、とかく「独りで頑張っている女」には肩入れしがちなのだとか。
確かに、お店のお客さんでも、年配のおばちゃんには、チップをくれたり、お釣りを受け取らない人が結構いる。最初のうちは私もびっくりして「困ります!」と、お店を出ていくお客さんを追いかけていたのだけれど、あるとき、
「私ね、若い頃は仲居をしていて、お客さんにチップをもらうと嬉しかったの。だから、少しだけどあなたにもあげたいのよ」
と言われ、素直にいただいていいのかも、と思うように。
今は「チップはいただかないことにしているんです」と一度はお断りするものの、それでもという場合は、丁寧にお礼を言い、ありがたくいただいている。
ただ、年金暮らしのおばあちゃんからいただくチップには、何とも言い難い重みを感じてしまい、毎度のことながら、嬉しいような切ないような複雑な心持ちになる。