その時々の市場は大きな論理的枠組み(いわばパラダイム)によって、支配されている。そしてある時そのパラダイムが一変し、以前の論理が通じなくなる。成功体験に基づいて株を買い続ければ、必ず時として訪れる大暴落により、全ての成果を失うことがほとんどである。

 中長期の市場予測に携わる人は、どのようなパラダイムを想定するかをまず決めなければならず、投資の成否はパラダイムの想定の適否に負っている。

円レートを巡る3つのパラダイムシフト

 今、世界の金融市場、ことに日本の市場は大きなパラダイムの転換期に差しかかっていると考えられるが、それは為替市場に端的に反映されていると思われる。

 円ドルレートは2月初頭に76円20~30銭台を付けた後急落し、多くの為替専門家の見解とは裏腹に、その後の反発は弱い。為替市場は長期にわたる円高時代の終焉を迎えた可能性が強いと思われる。だが、多くの専門家が依然として円高トレンドを想定しているのは、パラダイムが変わらないと考えているからであろう。

 円レートを巡るパラダイム転換は多重に起こっていると考えられる。

 第1に地政学観点からの転換である。日本の貿易収支が赤字に転落するなど、1990年代以降米国の産業競争力を破壊しつつあった日本抑制のための超円高の必要がなくなった。

 第2にリーマン・ショック以降の恐慌の恐怖の中での、極端なリスク回避=円選好が、恐慌パラダイムがなくなったことで終焉した。

 そして第3に、より短期の為替水準を決定する景況感、金融政策、その結果としての短期金利差において、円高ドル安の条件が消滅したと考えられる。

日銀の意表を突く金融緩和政策

 第3のパラダイム変化は、2月14日の日銀による意表を突く金融緩和「資産買い入れ増額とインフレ目処(ゴール)の表明」、が引き金となった可能性が強い。

 FRBと同様のインフレのゴール(日本語では「目処」)を明示したことにより、日銀は達成責任を負うことになる。

 FRB(1月25日)に次いで日銀がインフレ目標を発表(2月14日)したことで、日米の金融政策ポジションの著しい格差が鮮明となった。

 図表1は日米中央銀行の物価目標と現行物価との差異を示したものであるが、日本が「1.4~2.1%」、米国が「-0.3~0.2%」と大きな格差がある。インフレ目標を達成するまでゼロ金利を維持する必要があると考えると、日本のゼロ金利解除ははるか彼方であるのに対して、米国は目標をほぼ達成しつつあるので、解除は目前ということになる。

図表1 日米で大きく開いたゼロ金利解除までの距離(出所: 日本銀行、FRB、武者リサーチ)