10年間に、約220人の赤ちゃんを、子供を望む夫婦の実の子として届けてきた。
あえて違法を行なったのは一重に赤ちゃんの命を救うためである。
今回公表に踏み切ったことで最悪の場合逮捕され、医師免許を取り消されても、「子殺し」をなくす法律が制定されるならかまわない。

 『この赤ちゃんにもしあわせを 菊田医師赤ちゃんあっせん事件の記録』(人間と歴史社)の中で菊田昇医師は自らの決意をそう述べている。

 今から5年ほど前にこの事件のことを初めて知った時、私は菊田医師の勇気に感心する一方で、自分が両親の本当の子供かどうかについて一抹の不安を抱いた。

 もっとも、その不安はすぐに解消された。

 私は1965年生まれなので、幼い頃の写真はほとんどが白黒である。わざわざアルバムを捲ってみなくても写真はどれも鮮明に脳裏に焼き付いていて、うら若い母が大きなお腹を抱えた写真もあれば、生まれたての私を抱いている写真もあって、あえて詮索に及ぶまでもないようだった。

 続いて私は、もしもわれわれ夫婦が不妊症のままでいて、菊田医師のような人の存在を知った場合、彼を介して「望まない妊娠」によって生まれた子供をもらっただろうかと考えた。

 それはつまり、血のつながらない子供を実の子として育てられたかということだが、その問いに対して私は今もまだ明確な回答を下せずにいる。

                ★     ★     ★     ★

 前掲の菊田医師の著書や、『赤ちゃんの値段』(高倉正樹著、講談社)を読んで私がなにより驚いたのは、日本と外国とにかかわらず、いかに多くの子供が親に捨てられてきたのかという事実だった。

 コインロッカーに乳幼児が遺棄される事件が相次いだ頃、私はすでに小学生になっていたはずだが、ほとんど記憶に残っていない。

 また、お伽話として、そうした行為があることを知ってはいたが、私はそれが現実に行われてきたとは思ってもみなかったのである。