主人公の村上真介は、リストラ請負会社「ヒューマンリアクト」の社員。もちろん、理由もなく一般社員を解雇することは労働基準法で禁じられている。そこで、委託元の企業から退職させたい従業員のリストを預かり、1人ずつ小部屋に呼び出しては「あなたの所属する部署がなくなる」「会社に残っても給料の大幅な減額は避けられない」「今なら、退職金の積み増し制度がある。いっそ、新しい世界で羽ばたいてみては」と──ジワジワと自主退職に追い込むのが仕事だ。

君たちに明日はない
垣根 涼介著、新潮文庫、620円(税込)

 「新しい世界に羽ばたいて」など調子のいいことを言われても、このご時世、今より待遇の良い仕事を見つけるのは至難の業。そもそも、慣れ親しんだ職場を離れ、若くないアタマとカラダに鞭打って、新しい仕事を覚えなければいけないというのは、なんとも、気が重いものだ。

 「年が押し迫ってから、そんな、どんよりとした気分になる話を読みたくない」とお思いなら、心配は御無用。実は、「君たちに明日はない」という身も蓋もないタイトルとは裏腹に、このストーリーが発しているメッセージは「君たちに明日はない、なんてことはないさ!」というものだ。

 村上真介が面接する相手は、決して、企業人として無能な人たちばかりではない。建設会社で業界の慣行を打ち破り、収益向上策を練るプロジェクトリーダーの女性は、「部署ごとの按分を考えると、課長1人辞めさせるだけでは他の部署の納得を得られないから」という理由だけでリストに載せられた。大手銀行の中堅行員は、ライバル銀行に実質的な吸収合併をされたことで、それまでいた花形部署から追い出され、閑職に塩漬けにされたまま、専門性を活かせない日々が続いていた。

 退職勧奨に限らず、本人の能力や努力とは全く別の事情で、人生には不遇な目に遭うことが一度や二度はあるものだ。そこで、唯々諾々と不遇を受け入れてしまうか、「ふざけるな! このまま、人生終わってたまるものか」と思うか──でその後の人生は大きく変わる。

 結局、プロジェクトリーダーの女性も、閑職に塩漬けにされた銀行マンも、退職勧奨を受け入れて自ら辞表を書くが、不遇を受け入れるのではなく、自ら、新しい道を切り拓く選択をする。そう、明日は、必ずあるのだ。

 実は、『君たちに明日はない』は、2010年1月16日からNHKの土曜ドラマとして放送される予定。NHKの妨害をするつもりはないが、でも、もしも、この物語に興味を持ったら、まずは活字で読むことをおススメする。テンポよく軽妙な文章は、あまり肩肘を張らず、ほどほどに頑張っていこうという気分を後押ししてくれる。そして、恐らくNHKの夜9時台では表現できない大人のお伽話も楽しめるはずだ。

くうねるところすむところ
平 安寿子著、文春文庫、580円(税込)

 かたや『くうねるところすむところ』(平安寿子著 文春文庫)は、リストラされたわけではなく、自らを絶対絶命に追い込んでしまった2人の女の物語。上司との不倫に疲れ、雑用と無責任な営業マンの尻拭いうんざりして、突然「辞める」と宣言してしまった就職情報誌の副編集長。もう1人は、家業の工務店を継いでくれた夫を追い出した結果(原因は夫の不倫!)、はからずも、自ら社長に就任してしまった世間知らずの専業主婦。

 新しい環境では、予想もしなかった苦労が波のように押し寄せてくる。辛いことの連続に負けそうになって、泣きだしてしまうこともある。適当に現実と折り合っていけば、もうちょっとラクに生きられたかもしれない・・・。でも、2人は自分の気持ちに蓋をすることはできなかったのだ。「自ら選んだ道」と覚悟を決め、明日を必死に模索する2人の姿が、潔く、清々しく描かれている。

 もちろん、現実社会はもっと厳しく、小説のようにハッピーエンドばかりが用意されているわけではない。だからこそ、せめて、「明日がある」物語を読んで、明日の元気を充電したい。