「きみは、どうして、『牛を屠る』仕事に就けたのか?」
児玉さんからの問いかけに答えて窓の外に目をやると、青かった空が夕焼けに変わっていて、私は驚いた。
対談は午後4時から1時間という予定で始まったのだが、私は腕時計をしていないし、会議室の壁にも時計がないので、時間の経過が分からなかった。もっとも、腕時計をしていたとしても、とても見るわけにはいかなかっただろう。
とにかく、予定の1時間を大幅に過ぎているのは間違いなかった。4月9日だから、日没は6時頃のはずで、つまりもう5時半を回っていることになる。児玉さんは疲れを知らない様子だが、このまま話し続けてもいいのだろうか?
5~6メートル先の、縦長のテーブルの中程に座る編集長に目をやると、「大丈夫よ」というように頷かれて、それなら時間を忘れて存分に話そうと、私は気持ちを入れ直した。
★ ★ ★ ★
児玉さんの質問に私が答えることばかりだったので、今度はこちらから話を向けようと思い、「『負けるのは美しく』には、映画の撮影が苦手だったと書かれていましたが?」と訊いてみた。
児玉さんは「うん」と頷いて、椅子の背もたれに寄りかかり、「ぼくはカメラは好きじゃないんだ」と短く答えられた。
映画の場合はフィルムの値段が高いので、何度もテストをしてから本番に臨む。そのため、自分の姿がどの角度からどんな大きさで撮影されているかが分かってしまい、演技がぎこちなくなって、児玉さんは監督からよくNGを出された。
それに対して、テレビドラマは短時間で撮影するために、数台のカメラでいくつもの方向から同時に撮影を行う。どこからどう映されているかを気にする余裕もなく、おかげで少しは自然な演技ができるようになった。
奥に居並ぶ編集者たちに向けて私が「名優児玉清も、以前は自意識過剰の若者だったというわけです」と話をまとめると、編集者たちが顔をほころばせた。
「実は、ぼくも学生時代は大変な自意識過剰でして、よく肩に力が入っているとからかわれました。北大は構内に1.5キロほどのメインストリートが走っているのですが、生意気な後輩に、佐川さん、佐川さんが歩いてると、1キロ離れていても分かりますよ。肩に力が入りまくってますから、と指摘されたことがあります」
「いや、ぼくはそこまでひどくなかった」と児玉さんが笑って、私は頭を掻いた。