師匠!』立川 談四楼著、ランダムハウス講談社文庫、672円(税込)

 名前を見れば落語に無関心の人にも察しがつく通り、作者は立川談志一門の真打。あらかじめ断っておくが、私は立川流の信者でもなければ、熱烈な落語ファンというわけでもない。正直に言えば、深夜や早朝に放送されている落語の番組をほんの数回、聴くともなしに点けっぱなしにしていたことがある――という程度。そんな落語門外漢にも十分に楽しめる。

 2008年春、同じ一門の立川談春師の初エッセイ『赤めだか』(扶桑社)がベストセラーになった。さすが噺家、枕から上手い。どうやって聴き手(読み手)の気持ちを引き付け、盛り上げていくのかを知り尽くしているのだろう。修業時代のハチャメチャなエピソードには声を出して笑い、師匠・談志への一途な思いには切ないほどの気持ちにさせられた。終盤は、ページをめくるたびにティッシュを引き出し、涙でボロボロになって読み終えた。

シャレのち曇り』立川談四楼著、ランダムハウス講談社文庫、714円(税込)

 しかし、その数カ月後に読んだ『師匠!』は、あれほど大泣きした『赤めだか』も霞んで思えるほどの文句なしの上手さだった。

 若い修業中の落語家を主人公にした短編小説集。決して、長々と説明の言葉を弄しているわけではないのに、物語の中の登場人物はそれぞれに個性的だ。そして、テレビで活躍するライバルを羨んだり、師匠と女の子の取り合いでやきもきしたり、芸と嫉妬がぶつかり合う世界の人間関係に苦しんだり――ページの中から飛び出して、生身の感情を持って、頭の中にその姿が浮かぶから不思議。

 でも、何よりも圧倒的なのが、文章のリズムだ。声に出さなくても、耳の奥に響く心地良い文章。談四楼師の文章は活字から音が聞こえてくる。

赤めだか』立川談春著、扶桑社、1400円(税込)

 『シャレのち曇り』は実話をベースに構成した連作小説。入門したての頃から注目を浴び、若い女の子にキャーキャー言われていた春風亭小朝師に対するジェラシー。そして、落語協会とたもとを分かった立川流と、落語協会に残った仲間たちとの交流と確執。師匠・談志の無軌道ぶりと、それでも、弟子たちの、枯れることのない師匠への愛。落語ファンでなくとも十二分に楽しめる。

 何しろ、読者を笑わせ、ちょっとホロリとさせ、時にハラハラさせ、そして、最後に「落語、聴いてみたいかも」と思わせるほどの名調子なのだ。私は、つい1年ほど前まで名前すら聞いたことのなかった立川談四楼師という落語家を、こっそり、「師匠!」と仰いでいる。