女性 まさに騙し合いですよ。騙す、騙されるの世界です。お互いに信用なんてしていない。ビジネスにおける付き合いに過ぎない。常に慎重に事を進めないといけない。保衛科の人間からは、別の人脈を使ってうまく逃げました。
筆者 なるほど。それで、あなたの存在を密告した人に中国側でアプローチしようとしたんですか?
女性 自分が「売られた」ということ。国境地域は密輸が頻繁に行われていて、インテリジェンスは極めて重要でした。脱北後、まずは私を売りとばした輩を見つけて、お金を返してもらおうと動き始めました。
相手の携帯電話の番号は知っていましたから。私も中国の携帯電話を持っています。仮に返さなければその場で殺すつもりでした。結局見つからなかったですけど。
筆者 なかなか見つからないでしょうね。それにしても、渾身の思いで脱北されて、騙した相手を見つけようと動かれていたなんて、とても冷静だったんですね。中国側でこちらの軍人や公安に捕まるかもしれないとか、恐怖はなかったんですか?
イエス・キリストに救われる
女性 恐怖はありましたよ。居場所が見つからなければ飢え死にするわけですから。それに私1人じゃない。幼い子供が一緒なわけですから、なおさらです。
その後、中国側で密輸で協力したことのある知り合いに電話をかけ、数日間住み込み、食料も与えてもらいました。1000元ほど現金をもらって、中国・ロシア・北朝鮮の国境が重なる挥春に向かいました。
そこで知り合った人を通じて、延吉市内で脱北者をキリスト教会を通じて保護する活動に当たられているM氏(国境ブローカー)に出会ったのです。脱北からは20日くらい経っていました。
筆者 それでは今は日々キリスト教会に通いつつ、M氏が確保しているアパートで暮らしているんですね。生活に問題はありませんか? 特に苦労されていることとかありますか?
女性 M氏はとてもよくしてくださっています。脱北する際に、こんな方に出会えるなんて思ってもいませんでした。月1000元の生活費を支給されています。住むところはタダ同然で住まわせてもらっています。