家族との時間を優先したい――。
帰国を決めたプロ野球の助っ人外国人選手が、退団の理由を尋ねられた時によく使うフレーズである。同じ外国人とはいえ、まさか、これと同じ言葉を一流とされる企業のトップが発するとは思わなかった。
「多くの日本人は会社が第一で家族は二の次だが、私にはできない」「家族と多くの時間を過ごすべき時がきたと判断した」。その表情は実に晴れ晴れとして見えた。2009年9月末で退任する日本板硝子のスチュアート・チェンバース社長、その人である。
チェンバース氏は、日本板硝子が2006年に買収した英ガラス大手ピルキントンの出身。買収先からのトップ起用は異例であり、2008年6月の就任時も大いに注目を集めた。その人物が、英国に残した家族と過ごす時間を確保するため、約30カ国で事業展開するグローバル企業のトップの地位を敢えて捨てるというのだ。
世界市場で一層の飛躍を目指し、舵取りを託した日本板硝子にとって、その痛手は計り知れない。世界的な不況で業績が低迷する中でのトップの突然の退任は、社員の士気などへの悪影響も懸念される。
そうしたことはチェンバース氏も当然、分かっているはずだ。分かってはいても、「家族との時間」には代えられないというのだろう。彼が取った行動の中身に対しては賛否があろう。しかし、トップの地位に恋々としない「引き際」の清々しさは、ある意味、見事と言うべきではないか。
くすぶり続ける「かんぽの宿」、政権交代で西川氏の去就は?
終わり良ければ全て良し――。
よくそう言われるものの、思ったように引き際を飾れず、評価を落とす人が少なからずいる。とりわけ、過去に数多くの優れた実績を上げ、絶大な力を手に入れた人ほど、引き際を見失ってしまうケースが多いように思う。2009年8月30日の衆院選で圧勝した民主党が早くから選挙後の解任を表明していた、日本郵政の西川善文社長はそんな1人だろう。
宿泊保養施設「かんぽの宿」の一括売却問題で、民主党は2009年5月、社民党や国民新党とともに西川氏を特別背任未遂などの容疑で刑事告発。衆院選前の党首討論でも鳩山由紀夫代表は、ガバナンス(企業統治)に問題があるとして「政権を獲得した時には西川社長は辞めていただくしかない」と明言した。
住友銀行頭取、三井住友銀行頭取、三井住友フィナンシャルグループ社長を歴任した凄腕経営者として知られ、金融界では「最後のバンカー」とも称された西川氏。本来なら、そんな批判の矢面に立たされる人物ではなかったはずだが、銀行にとっての「宿敵」日本郵政の社長に転身したことから運命は変わった。身内の金融界が注ぐ西川氏への眼差しも、「尊敬」とは違うものへと変わっている。
デタラメに見える「かんぽの宿」売却問題も、効率とスピードを重視する西川流の経営姿勢がもたらした産物との見方が強い。こうしたガバナンスの欠如を理由に西川社長に辞任を迫った鳩山邦夫前総務相は事実上更迭されたが、西川氏は報酬カットの社内処分だけでその地位に残ったまま。それで良かったのかとの思いは政界以外でもくすぶっている。
一部慎重論はあるものの、恐らく民主党は総選挙前に示した方針通り、西川体制の切り崩しに出るであろう。それでも西川氏は社長職にしがみつき、まだやるべきことがあると言うのだろうか。