ある雑誌の担当編集者である富樫さん(仮名)が昨秋結婚し、春先に、「妊娠が分かりました」と知らせてきた。『ジャムの空壜』の作者としては、あまりの早業にしばし呆然としたのだけれど、避妊をしなくなれば、たいていの夫婦はすぐに子供ができるものであるらしい。出産予定日は10月中旬で、9月になったら産休に入るという。

 「そうなると、復帰は来年の秋ですか? 子育てがてら、ゆっくりお休みください」と、お祝いの後に労いの言葉を向けると、

 「いいえ、2月には戻ります」との返事がかえってきた。「だって、1年も休んでたら浦島太郎になっちゃいそうで」

 「そうかなあ。せっかくだから、育児休暇のあいだは乙姫様の気分でいればいいのに。きっと、後悔しますよ。うちの妻もそうでしたから」

 「子供のいる友達からも同じことを言われるんですけど、いいんです」

 その後も、電話やメールで仕事の打ち合わせをするたびに、もっと休むように勧めてきたのだが、富樫さんの決意は変わらなかった。自宅のそばに民間の保育施設があって、どうにか希望どおりに入園できそうだという。

 ちなみに保育料は公立でも民間でも子供が幼いほど高く、しかも病気の時には保育園では預かってくれない。その際は個人でベビーシッターを頼むことになり、こちらの料金はさらに高いので、わざわざ産休を縮めて復帰しても給料が丸々飛んでしまうのだが、富樫さんはそれも覚悟の上だという。

 私の妻も、1人目の時には、11月初めに出産し、翌年の8月半ばに復帰した。2学期の頭からクラス担任をする都合上、そうしたスケジュールにしたいと相談された時、私は内心、丸々1年間育児休暇をもらい、11月から3月までは副担任でもして、4月から本格的に教職に復帰すればいいのにと思っていた。ただし、妻がそんな言葉に耳を貸さないことも分かっていた。

 「富樫さんて、いくつだっけ?」

 「34だから、君が最初に産んだ歳と一緒だよ」

 「それじゃあ無理だよ。仕事が一番楽しい頃だもん」

 などと、今年47歳になる妻はさも先輩らしく宣ったが、41歳で2人目の妊娠が分かった時も、妻は出産によって仕事が中断されることに多大な躊躇を見せた。産休・育休をたっぷり使って一息つこうと思い切れたのは、臨月が近づき、40歳を過ぎての出産が現実味を帯びるにつれて、体力の衰えを実感せざるを得なくなったからだと思われる。

 富樫さんや妻の旺盛な勤労意欲にケチをつけるつもりは毛頭ないのだけれど、もう少しのんびりできないものかね、と思うのは、私が男性として妊娠を免れているためだろうか。