中国でフィールドワークをしていた時に、次のような話を聞く機会があった。中国の5000年の歴史を見るには西安を見ればよい。500年の歴史を見たいなら北京を見ればよい。過去20年の発展の歴史は華南地域の深センを見るとよい、という。
昨今の経済情勢や労働事情の変化により、華南地域の製造業は騒然とした。これからの発展の歴史を見るには華南以外に目を向けよ、という声が聞かれ、「ポスト中国」といった言葉さえも飛び交うようになった。しかしながら、華南は世界の工場としていまだ揺るぎないポジションにあると言ってよい。
今回は、華南で見聞きしたことを、香港の位置づけを考えながら筆者なりに咀嚼し、紹介していきたい。
香港で子供を生みたがる中国人
現地で聞いた話だが、大陸(メインランドチャイナ)から香港にやって来て赤ちゃんを生む中国人が増えているという。香港で出産すると、赤ちゃんは香港の永住権を取得することができる。子供に永住権取得の権利を与える目的は様々だ。
しかし、この香港出産の増加が問題になり、お腹の大きな女性が香港へ渡ることが難しくなっているという。職員が目を光らして、妊婦の出境にストップをかけるというのだ。厳しい監視の目をかいくぐるために、妊婦側もいろいろ工夫をするのだとも聞いた。
ある日系企業で働く中国人女性スタッフに尋ねてみた。彼女は東莞生まれ。「香港と東莞のどちらに住みたいですか?」。回答は「香港」だった。東莞に住む彼女は業務の関係上、頻繁に香港との間を往復している。
東莞は埃っぽく、「30年働いてきましたよ」とでも言いたげな風格漂うトラックが、我が物顔で道路を駆け抜ける街だ。香港が華やかなステージだとすれば、東莞は舞台裏だと表現することもできる。
舞台裏にいた人がいったん華やかなステージに立ってみると、虜になってしまうのだ。メインランドチャイナに住む人にとって、香港は憧れの地である。香港に住みたい、生活したいと思う気持ちは強いようだ。
「来料加工」の現場を育てる日本人駐在員
一方で、日系企業の現地駐在の方々の中には、東莞が愛おしくて仕方がないといった人たちもいる。東莞の埃っぽさは、製造業の熱気の現れと映るようだ。
現地で調査やディスカッションを行う際に、中国滞在が10年とか20年の日本人の方々に協力してもらう機会がある。現地のことなら何でも知っており、中国人労働者の心理面まで十分に理解しているという方々だ。
日系企業が現場管理で直面する問題にも精通している。現場の問題解決には、現場の近くに住んで東莞に溶け込むことが鉄則だと述べる。また、こうした方々はローカルスタッフかと間違うくらいに広東語を流暢に使いこなしている。現地に住み、言語をマスターすることが、何より東莞でのものづくりを育てることにつながっている。