野菜嫌いの子供がいなくなった学校

1学期の終わりに「真の食育」を考えた

2011.07.15(Fri)藤田 貢崇

 もうすぐ夏休み。子供と一緒に食事の支度をする機会も増え、親にとっても子どもにとっても、給食のありがたさを実感できるかもしれない。

 ところで、現代の学校教育で重要な位置を占める給食には、子供に食を提供することのほかにどんな意味があるのだろうか。

 日本の給食は、1889(明治22)年、山形県鶴岡市にある大督寺境内の私立忠愛小学校で、生活が苦しい家庭の子供に昼食を与えたのが起源と言われている。

 また、戦後の給食では、米国による食糧支援政策のもと、大量の小麦粉を日本に安価で販売し、パン食が提供された。このことは日本の食文化の西洋化に多大な影響を与えたと言われている。

 1954(昭和29)年には「学校給食法」が施行された。当初は給食の目的として「国民の食生活の改善への寄与」があげられていたが、2009年の法改正により、給食の目的に「食に関する正しい理解と適切な判断力を養う」ことが謳われるようになった。いわゆる「食育」を重視するように法整備されたのである。

「どの季節でも食べられる」に光と影

 お子さんのいらっしゃる方は、学校の給食メニューをご覧になったことがあるだろう。世界各国の国際色豊かなメニューが提供される学校もあり、自分たちが食べた給食との違いに驚く方も多いかもしれない。

 現代社会では、食べたいものをいつでも、どこででも手に入れることができるようになった。季節ごとに旬のある素材よりも、消費者の要求に応じて多様な素材を取り揃えることに重きを置いたマーケティングは、ある意味では人間が自然を調節した結果と言えるかもしれない。

 その一方で、「食べる」とは何なのか、深く考えることも必要だ。スーパーに並んだ食材をただ調理し、口に運び、必要な栄養を取るだけでは物足りない、と思うのは私だけだろうか。人間といえども、地球環境の中の1つの要素に過ぎない。私たちは「自然」というルールの中で生きているのだ。

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