米6月雇用統計の悪化を主因に、「V字型」をイメージした米国景気早期回復説は、決定的な打撃を受けた。米国株は下落余地を断続的に模索する流れになり、ニューヨークダウ工業株30種平均は、7日に8200ドルを割り込んだ。8日は、国際通貨基金(IMF)が世界経済見通しを2010年について上方修正したことを手がかりに終値では小反発したものの、景気・企業業績の先行き不安が根強く広がっている上に、原油先物の一段安でエネルギー関連株が売りを浴びたため、ニューヨークダウは一時8100ドルを割り込む場面があった。
為替や商品のいまの相場動向は、基本的に米国株連動だというのが、筆者の基本認識である。
株式、為替、商品市場では今春以降、「リスクマネーの部分的復活」とでも呼ぶべき動きが観察されてきた。「リーマン・ショック」以降、リスク回避を極力優先してきた投資マネーが、米国株の上昇を起点にしてリスクテイクに動き、新興国を含む世界各国での株価上昇、為替市場での円安・高金利通貨高、原油など資源価格の上昇を演出した。しかし、そうした「リスクマネーの部分的復活」は、米国株が下落基調に転じるとたちまち縮小に向かう、逃げ足が速い性質のものである。大きなバブルが崩壊した後遺症に悩まされている米国の経済が、早期に本格回復を実現できるとは考え難い。米雇用統計など「厳しい現実の数字」を突きつけられ、流れは反転している。
為替市場では、「逃避通貨」である円と米ドル、特に円に資金が還流する展開になっている。ユーロや豪ドルなど各種通貨に対するクロス円取引で円が急速に買われており、8日の米国市場では、ユーロは一時127.00円に急落。豪ドルは一時71円台まで大幅続落となった。
2月下旬頃から95~100円を中心とするボックス圏で推移してきた、「逃避通貨」同士の組み合わせであるドル/円相場でも、円高方向にレンジを抜けてきた。東京市場の終値で見た場合、8日は94.27円で、直近ボトムの5月22日とほぼ同水準になっていた。その後の欧米市場で、円高ドル安が加速して、レンジブレークが明確に。ニューヨーク市場で一時91.80円をつけた(2月17日以来の水準)。
IMFが発表した最新の世界経済見通しで、日本の2010年(暦年)実質GDP成長率は前年比 +1.7%で、4月時点の同+0.5%から大幅に上方修正された。これは、G7の中では「最強」の数字。日本に次ぐのがカナダの前年比+1.6%。以下、米国が同+0.8%、フランスが同+0.4 %、英国が同+0.2%、イタリアが同▲0.1%、ドイツが同▲0.6%。ユーロ圏は前年比▲0.3 %とされた。見通しがそのまま実現するかどうかはともかくとして、日本の2010年のGDP見通しがG7のうち、現時点で最も高い数字だということは、海外勢が各通貨に対して円買いを進める、1つの材料になり得る。
一方、商品先物市場では、原油WTI先物が急ピッチで下げている。米エネルギー情報局(EIA)が発表した週次在庫報告でガソリン在庫が増加していたことを材料に、8日の終値は1バレル=60.14ドル(前日比▲2.79ドル)。5月19日以来の安値になった。
このように、各マーケットのキーワードは再び、「リスク回避(risk aversion)」になっている。内外の国債相場にとってみれば、追加的な追い風である。
米国債は8日も堅調推移。この日行われた10年債入札が予想外の大変好調な結果になったため、買いが加速した。10年債利回りは一時3.27%に低下(5月21日以来の低水準)。筆者がとりあえずの金利低下メドとみている3.0%が視野に入り始めた。
すでに1.3%を割り込んだ、日本の10年債利回り。20年債利回りも2.0%を割り込んでくるなど、筆者が掲げている「頭を押さえ込まれた鯛」シナリオに沿った、長期金利低下、イールドカーブのブルフラット化の流れが続いている。今般の「リスク回避」志向の再度の強まりと、円高の急加速で、債券相場にはさらなる追い風が吹いている形である。
日銀は「出口」模索どころか、円高の進み具合如何では緩和強化の手法(「時間軸」採用など)を模索する必要が出てきた。市場機能を重視する白川方明日銀総裁は反対姿勢を維持するだろうが、円高ドル安がこのまま進み、1月21日につけた今年の円高ピークである87.10円を更新するようなことになると、現在年0.1%の水準にある翌日物金利のさらなる引き下げという思惑が、市場の一部に出てくるかもしれない。
筆者は、「市場機能維持のため政策金利はストレートにゼロ%にはしない」という日銀の考え方が現在グローバルスタンダードになっている感が強いので、追加利下げはないと予想している。だが、円高という強力なテコがあると、市場では見方が徐々に変わってくるかもしれない。スウェーデンでは政策金利を0.25%に下げる際、副総裁の1人がゼロ金利を主張したことが明らかになっている。
いずれにせよ、筆者の長期金利予想に変わりはない。10年債利回り低下のターゲットは、引き続き1.0%である。コアレンジである1.0~1.5%の中間点にあたる1.25%前後までは、早い段階で金利が低下しやすい。さすがにこの水準ではある程度の調整場面が必要になってくるかもしれないが、大きな流れとしての長期金利低下余地模索は動かないだろう。