約1年前、2008年7月10日に亡くなった素粒子物理学者、戸塚洋二氏のがん闘病記。治療に専念するため、2006年3月に高エネルギー加速器研究機構長を退任した戸塚氏は、ごく親しい人たちに近況を伝え、つれづれなるままに思い浮かぶことを書きためようと、ブログ“A Few More Months”を2007年8月から匿名で綴っていた。本書の大部分は、ジャーナリストの立花隆氏が整理、編集したブログ記事で成っている。

ノーベル賞に最も近いと言われた人物

がんと闘った科学者の記録』戸塚洋二著、立花隆編、文藝春秋、1667円(税抜き)

 1942年生まれの戸塚氏は、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏の教え子である。

 岐阜・神岡鉱山内に作られた観測装置「カミオカンデ」「スーパーカミオカンデ」によるニュートリノ観測を陣頭指揮し、1998年、世界で初めて素粒子ニュートリノに質量があることを発見した。2004年に文化勲章を受章。2007年にベンジャミン・フランクリン・メダル(物理学部門)を受賞し、ノーベル賞に最も近いと言われていた。

 戸塚氏は2000年に大腸がんの手術を受け、術後は良好だったが、2004年2月に左肺に転移性のがんが再発、2005年、右肺にも再々発した。2007年8月開始のブログは、3カ月を単位として時間を乗り切ろうとチャレンジする科学者の、4期11カ月間の記録である。

 ブログの内容は、さすがと言うべきか、編者の立花氏が本で語るとおり、ただの闘病記ではない。人生論あり、科学論あり、自然論、医学論、教育論、社会論、宗教論、時代論ありとテーマは多岐にわたり、「まるで人ごとのように記録をつけていますが、研究者として一生を送って来た者の悲しい性です」と本人が認めるように、恬淡としている。