昨年12月12日、ロシア憲法の採択15周年記念式典でメドベージェフ大統領が演説している最中のことだ。傍聴席から演壇に向かって、「憲法改正はけしからん!」という大きな声が飛んできた(YouTubeで見ることができる)。

http://www.youtube.com/v/VZ6_Uh2Gc8s

メドベージェフ大統領が演説している最中のハプニングを伝えるテレビニュース

 連邦警備局(大統領と政府高官の身柄を警備する機関)のエージェントが、叫んだ人物にかけ寄り、ホールから連れ出そうとした。だが大統領は「そのままほっといてくれ」と言って、「いろいろな意見があってかまわない。この憲法はそのために作られた」と続けた。

 メドベージェフ大統領の対応に、聴衆から拍手が起きた。米国のブッシュ前大統領に投げつけられた靴ほど激しくはないかもしれないが、ロシアの民主主義が本格的に進展していることを示す事件だった。

再び脚光を浴びる「多元主義」

 この出来事と同期するように、最近、ロシアのマスメディアが何年かぶりに社会の多元主義(社会の多様性を容認する考え方)について論じ始めている。

 ロシアで多元主義という言葉がよく使われたのは、エリツィン時代である。だが、プーチンが大統領になってからの8年間は忘れ去られていた。混乱していた国を統一させることが先決であり、多元主義は適当なスローガンではなかったからだ。

 だが、最近になって状況が変わってきた。プーチンを厳しく批判していた「ノバヤ・ガゼータ」という新聞がある。4月13日、メドベージェフはノバヤ・ガゼータの単独インタビューに応じた。大統領として最初に単独インタビューに応じたメディアは、反政府メディアだったのだ。

 インタビューをしたノバヤ・ガゼータは、「メドベージェフはロシアに民主主義を復活させようとしているようだ」と論じていた。また4月15日、クレムリンで、反プーチン勢力の著名な活動家を含む「ロシアにおける市民社会」の会合が開かれ、ロシアにおける民主主義の行方を議論していた。

イスラム教教会の開会式典にプーチン首相が出席

 多元主義に基づいた民主主義が本当にロシアで成熟しつつあるのか、いくつかの事例を挙げて考察してみたいと思う。

 ロシア国家の統一を最も脅かしていたのはチェチェン紛争だ。ロシア内務省は、チェチェン独立派を一掃したとして、2万人の軍隊をチェチェン共和国から引き揚げることになった。ロシアは共和国の予算に膨大な支援金を投入し、独裁者であるチェチェン大統領を支持している。

 小さな共和国の首都に、1万人が収容できるヨーロッパで一番大きなモスクが建てられた。開館式典に出席したプーチン首相は、「このモスクは全ロシアの誇りである」と称えていた。イスラム教の原理主義者の胸をなでおろすためなのか、または、本当に多元主義に基づいた発言なのかは、真意は分からない。

 ロシア憲法は、キリスト教、ユダヤ教、仏教とともにイスラム教を「伝統的な宗教」として認めているので、問題はない。だが、ほかの宗教、例えばヒンドゥー教の一派のクリシュナ意識協会などのように、伝統的な宗教として認めるよう、ロシア政府に活発に働きかけている宗教もある。