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(取材・文:松原 孝臣 撮影:積 紫乃)

シーズン中は競技で、オフはアイスショーで賑わうフィギュアスケート。特に日本人の心を掴むスポーツは、華やかさの裏で、実に多くのプロフェッショナルたちに支えられています。選手のサポートはもちろん、衣装デザイン、スケート靴やエッジの管理、舞台照明やMCなど、スポーツライターの松原孝臣さんが彼らの技術と熱意を伝える連載。今回はミラノ・コルティナオリンピック代表・佐藤駿選手のコーチ、日下匡力(くさかただお)さんに話を伺いました。

*「フィギュアスケートを支える人々」(2024年8月30日公開までの一部)と書き下ろしを含む電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が2026年1月20日(火)に発売されます。

●日下匡力インタビューはこちら(後編)

やり続けてきた結果

 ミラノ・コルティナオリンピックのフィギュアスケート男子代表の一人に佐藤駿がいる。

 今シーズンの活躍もさることながら、別の側面で話題を集めた。試合のとき、得点が出るのを待つ「キスアンドクライ」で穏やかな笑顔で喜びを表す佐藤、ガッツポーズで、言葉で、うれしさを大きく表現するコーチ、その対照的な姿だ。

 微笑ましいその光景の中にいた人こそ、佐藤を指導する日下匡力だ。ジュニアの頃から世界のトップを目指す位置に昇りつめた今日まで、佐藤を見守り続ける。

 日下は佐藤とどう向き合い指導してきたのか、指導者として大切にしていることは——。

 オリンピックの代表に決まって数日が経った頃、拠点である埼玉アイスアリーナを訪ねた。 

 2025年12月21日の夜。佐藤駿が初めてオリンピックの代表に選ばれたときを振り返る日下匡力は心底うれしそうだった。

「メディアに発表されたときの50分くらい前に、強化部から選手とコーチに伝えられました。安心はしていましたけれど、いざ発表されるととてつもなくうれしかったです」

 グランプリシリーズは1位と2位、グランプリファイナルは3位。その時点で日本男子の出場枠「3」の中に入るのは堅いと見られていたし、全日本選手権2位で確実なものとしていた。それでもうれしさは格別だった。

 万全で進んだシーズンではなかった。6月末のアイスショー「ドリーム・オン・アイス」で、右足首の骨挫傷の診断を受ける怪我を負い、氷上への復帰は7月末を待たなければならなかったし、ジャンプを入れた本格的な練習にはさらに時間を要したからだ。それを乗り越えたのは昨シーズン身に着けた工夫にあった。

「(昨シーズンの)全日本選手権が終わった後、世界選手権までの間に宇野昌磨選手と話す機会があって、そこでいろいろなアドバイスを受けました。駿は、例えば練習時間が2時間あれば2時間一気に練習していましたが、アドバイスによって例えば45分と45分、休憩を挟むことで練習内容も区切って、授業で言う1時間目、2時間目みたいにしました。それがうまくはまって世界選手権に行けたんですね。怪我したときは短く25分とかを何セットかやっていく形で練習しました。それが今回にも生きたと思います」

 ただ、そればかりではない。これまでの取り組みが今シーズンにつながっていると言う。それを「やり続けてきた結果」と表現する。