経営・マーケティング分野において日本最高クラスの講義品質を実現し、修了するとMBA(経営管理修士)もしくはMIPM(知的財産マネジメント修士)を取得できるKIT虎ノ門大学院。金沢工業大学のフラッグシップ拠点として開設され、もうすぐ20年目を迎える。

星野高章
開拓農家の三代目として生まれ、現在は有限会社農園星ノ環の代表取締役社長として活躍。2019年4月にKIT虎ノ門大学院に入学(上野ゼミ所属)。2022年3月に修了してMBA取得。社会貢献活動としては、「世界農業ドリームプラン・プレゼンテーション」の実行委員長や「昭和村に花火を上げる会」の会長などを歴任している。

 KITの特徴は、1科目から受講できる「科目等履修生」制度があること。この制度を活用してここに通い始め、自分の会社経営に活かしたのが、群馬県で有限会社 農園星ノ環(ほしのわ)を営む星野高章さんだ。

 会社名から分かる通り、同社は農業生産法人として、レタスを中心にほうれん草やとうもろこしなどの高原野菜、ハウスでいちごを栽培している。その経営において、KITの学びはどう役に立ったのか。星野さんは「育てた野菜をどう届けるか、品目ごとの最適な流通の組み方を学んだ」という。

KITに行き、農家の「普通」がいかに特殊かを痛感する

 面積の約4割を畑が占めるという、群馬県昭和村。星野さんは、農家の3代目としてこの地に生まれた。自分も家業を継ぐのが当然と思い、その言葉通りに20代で農家を継いだという。

 かつて多くの農家がそうだったように、星野さんの実家も家族経営で農業を営んできた。年間の収支計算も、家族の家計の延長だったという。しかし、星野さんの代になったとき、売上や経費を明確化したいと考えて法人化した。2005年頃のことだ。

 さらにその後、社員や海外からの技能実習生を雇用するように。次第に経営を学ぶ必要性を感じてきた。その中でKITに行き着くことになる。

科目等履修生として学んだ後、KIT虎ノ門大学院に入学した星野さん

「中小企業や農業法人の集まりに参加し、経営者と話す中でKITを知りました。2017年頃です。当時はオンライン授業もなく、群馬から通うのは大変だと思いましたが、KITは通年で学ぶ本科生のほか、1科目から履修できる仕組みがあるとのこと。その制度を使い、可能な範囲で通ってみようと考えたのです」

 星野さんは、1科目から履修できる「科目等履修生」制度を活用した。なお、地方の経営者でKITに通う人が多かったのも、決断を後押ししたという。「ちょうど同時期に青森の経営者でKITを修了した方と知り合って、やってみようと決意しました」。

 学び始めると、農家育ちの自分が考えていた“普通”がどれだけ特殊か、すぐに気がついたという。たとえばワークライフマネジメントの授業を受けたときのこと。星野さんが育ってきた家族経営の農家は、生活と仕事(農業)が一体。労働時間や休暇の考え方も薄かった。だが当然、それは一般の雇用では通用しない。

 農家にとっての常識と、一般企業の常識に大きな差があることを、KITの授業で身をもって体感したのだった。

 最初は月2回ほどKITに通い、科目等履修を続けていった。そうやって学んでいくと「今度はこの視点が足りない」と、次に学びたいテーマが浮かんできたという。そこで、2019年にKITの本科生として入学した。

 そしてこの入学を機に、星野さんは、農業における「オペレーションズマネジメント」の重要性を深く学ぶことになる。

OMを知り、野菜に合わせた最適な物流を考えるように

 星野さんにとって、KITで印象的な学びとなったのが、担当教員である上野善信教授のもとで書いたオペレーションズマネジメント(OM)の論文だ。

 OMとは、自社のモノやサービスを顧客に提供するまでのプロセス管理を指す。わかりやすく言えば、調達・加工・輸送・販売など。サプライチェーンや物流の設計もここに含まれる。まさに企業の重要な戦略といえる。

 そして、このOMは「農業において非常に重要です」と星野さんは口にする。

インタビュー取材時に、虎ノ門キャンパスでお会いした上野教授と

「農業は、生産と同じくらい『お客さまへの届け方』が大切になります。近年、産地直送やEC販売など、生産者からお客さまへのサプライチェーンが短い、中間業者が少ない販路が増えてきました。一般的に、こういった販路の方が中間コストが低く、農家にとっても消費者のお客さまにとっても良いと考えられますが、決してそうとは言い切れません。農協や大手流通の入る方がメリットの大きいケースもあるのです。大切なのは、品目に合わせて適切な届け方を選択することです」

 たとえば、星野さんの農場の主力であるレタスやほうれん草は、単価が安く、一方でサイズは大きく嵩張る。仮に自社から産地直送でバラバラの販路に送ると、1回に届ける量が少なく、送料が割高になる。こういった野菜は自社で少量ずつ直送するより、農協などに大量に卸した方が利益は出やすい。それは同時に販売価格の低下にもつながり、消費者に手頃な価格で届けられる。

 一方、いちごやとうもろこしといった品目は単価が上がりやすいため、「ECでの直販や、大手流通を挟まずスーパーなどの小売に独自で届けています」と星野さん。この使い分けがOMの肝だ。

「さらに、同じ青果物でも売る相手により『いいもの』『価値のつくもの』は異なります。大手流通に売る場合、相手は物流の効率性を求めるので、大きさが揃っており、不良やロスの少ない青果物を高く評価します。一方、小売や消費者は、青果物の味や鮮度、産地などのブランドが評価の軸。すると、同じ青果物でも、誰に売るかで価格や利益が変わるのです」

 これらを考慮して、品目ごとベストな流通を構築するのがOMであり、「上野先生から学んだ部分です」と星野さん。一般的なOMの理論を農業に当てはめて、自分なりに考えていったという。

 ちなみに、OMの理論をもとにこんな工夫もした。先ほど言ったように、レタスは大手流通に卸すのが基本だが、収穫したものの中には流通に乗らないが十分販売できるものもある。かといって、レタス単体で直販するのは、先述の通り採算が取りにくい。そこで、地場の肉やキノコなど、他の食材と合わせた「レタしゃぶセット」をネットで売り出した。

 星野さんは、消費者にとっても、いまは多様な販路で野菜が手に入るので「逆に悩むことも出てきます」という。その中で「私たちが食材の買い方や使い方を示すことも必要です」と続ける。

「従業員を雇って経営する以上、家族経営の頃のように、1つの販路に依存するわけにはいきません。より安定して収益を上げる必要がありますから。そこで多様な販路を開拓し、時代や環境の中で適切な選択肢を選ぶことが大切です」

今春から飲食店もオープン。世界に広がるKITの学び

 2022年春、農園星ノ環では、地元の道の駅「あぐりーむ昭和」に「ムラノナカ珈琲」や「ムラノナカ食堂」といった実店舗をオープン。ムラノナカ珈琲では、自社の農園で育てたイチゴのスイーツなどを提供する。

 実はこの出店にも、上述したOMの学びが関係していた。

「イチゴを今年から増産したのですが、品質や味に問題はないものの、形状などの関係で既存の販売網に乗せられない青果物が一定数出てしまいます。それをパフェなどにして直接売り出せば有効活用できると考えました」

 ちょうど同時期、道の駅のテナントに空きが出た。また、星野さんの知り合いであり、飲食店の従事者がコロナ禍で店を閉じていた。そこで出店計画が持ち上がったという。

「このテナントは公募であり、出店に際して事業計画の提出が義務付けられていました。顧客ターゲットの絞り込みや、近隣エリアの店舗分析、その中での自店舗の優位性をプレゼンするなどの過程を踏んでいったのです。この部分にもKITでの学びが活きましたね」

 さらに、星野さんはKITで学んだことを、自社の技能実習生にも伝えている。というのも、実習生が日本で働き、その後、帰国して地域のリーダーとなり活躍してもらうことが星野さんの夢だからだ。

「実習生は、定期的にビジネスプランを作り、私や社員の前で発表します。その中で、KITで学んだことを今度は私が実習生に伝えていますね。上野先生の授業では、つねにホワイトボードに図を書きながら、分かりやすく仕組みを説明していただきました。その教え方を私も真似して、図解を用いながら伝えています(笑)」

 たとえば先述したOMは、どの国の農業でも共通の経営要素となる。特に「実習生の多くは田舎で農業をします。田舎になればなるほど、サプライチェーンや物流の構築は重要です」と話す。

 星野さんは、2019年の入学から3年経った2022年にKITを修了した。標準の修了期間は1年だが、KITは最長3年の在学が可能。群馬から自分のペースで通いながら、単位を取った。

対面参加とオンライン参加、どちらかを選べるハイフレックス形式の授業も

 そんな星野さんは、KITでの学びを検討している人に、こんなメッセージを送る。

「1科目から履修できるので、まずは無理のない範囲で、興味のある科目から取ってみるのが良いと思います。私のように地方在住の方や、中小企業の経営者で時間の取りにくい方も、通いやすいのではないでしょうか。オンラインの授業が増えたのも追い風ですよね」

 中小企業の経営者は、毎日忙しい故に、経営を一から学んだり、他業界の視点を知ったりする機会が作りにくいはず。KITのように、自分のペースで、1科目から履修できるのは大きなメリットになるだろう。

2030年に向けて、大規模な開発が進む虎ノ門ヒルズ駅の周辺

<取材後記>

 農業に限らず、この10年ほどでサプライチェーンや流通が多様化した業界は少なくない。ECやD2Cはその象徴だろう。こういった変化の中で、自社の価値をどう届けるか。経営者にとっても、大学院が自社のビジネスを再考する機会になる。しかも、1科目からオンラインで受講できるのは大きい。学びのハードルは限りなく低い環境だと感じた。


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