日銀の黒田東彦総裁(資料写真、2020年3月16日、写真:AP/アフロ)

(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 為替レートが1ドル=114円前後と、5年ぶりの円安になっている。10月28日の金融決定会合の後の記者会見で、日銀の黒田総裁は「悪い円安とは思っていない」とコメントしたが、これは日本人が世界の中で貧しくなったことを意味する。

 通貨の実力(購買力)の指標としてよく使われる「ビッグマック」の価格は、アメリカでは5.65ドルだが、日本では390円。購買力は1ドル=69円だから、114円の為替レートはその60%しかない。これが多くの人が「貧乏になった」と感じる原因だが、なぜこんなことになったのか。

企業は史上最高益だが労働者は貧しくなった

 その直接の原因は、安倍政権の円安誘導である。2013年に日銀の黒田総裁が「量的・質的緩和」を宣言したころから大幅な円安・ドル高になり、円は1ドル=80円前後から120円前後になった。

 これが黒田総裁のねらいだった。政府が特定の為替レートに外為市場を誘導することはタブーとされているので、2%のインフレ目標を設定し、円の価値を下げて円安・ドル高に誘導しようというのが彼の目的だった。これは多くの日銀関係者が認めている。

 ところがインフレ目標は失敗したのに、円安は実現した。国民のほとんどはインフレ目標なんか知らないが、投機筋は知っているからだ。外為市場で動く資金の99%は為替投機だから、中央銀行が物価を操作することはできないが、資産市場を操作することはできるのだ。

 その結果、日本人は実力の6割の価値しかない円で買い物をしなければならない。だから輸入品の価格は実力の1.6倍の価格になるのでインフレになるはずだが、そうならないのはなぜだろうか。

 その原因は、物価が上がる代わりに賃金が下がったからだ。図1のように、購買力平価でみると、この30年でOECD諸国の年収は1.5倍になったが、日本はほとんど変わっていない。だがこの間に日本の物価もほとんど上がっていないので、賃金単位でみると日本の物価は世界水準と変わらない。

図1 主要国の年収(日本経済新聞より)

 このように企業が儲かる一方で、労働者は貧しくなった。これを安倍政権はインフレで解決しようとしたが、逆に格差は拡大してしまった。それを岸田政権は「新しい資本主義」で解決するというが、具体策は何もない。その原因がわからないからだ。