先週紹介した脳低温療法で世界的に知られる脳外科の第一人者、林成之教授は、「勝負脳」を提唱したことでも有名だ。これは同氏の造語だが、「ここぞというときに最高の力を発揮する脳」を指す。
スポーツ界では、北京オリンピックの競泳チームに伝授して、北島康介選手などの大記録樹立に寄与したことがよく知られているが、ビジネスや勉強にも通用する。これは、一般的な能力開発や自己啓発的なものではなく、あくまでも脳を知り尽くした科学者が、脳の働きを元に提唱する、最高の力を発揮するためのノウハウだ。
その詳細については、同氏の新刊著書『ビジネス<勝負脳>』(KKベストセラーズ)に詳しいが、ここではビジネスリーダーに応用できるものをごく一部だけを紹介しよう。このコーナーの主眼である「医療」とは若干趣を異にするものの、脳科学の情報として取り上げたい。
脳には「自己保存」の本能がある
林教授が日本大学医学部附属板橋病院の救急救命センターを立ち上げた当初、そこは絶望的な場所だった。運び込まれる患者の多くが瞳孔が開き心肺停止状態だったため、治療の甲斐なく亡くなる方が多かったからだ。
この状況を打破すべく、林教授は「ケタ違いの医療をする」とスタッフに宣言。さらにそこから「瞳孔が開き心肺停止した患者さんを社会復帰させるためのいくつも具体的方策」を目標として打ち出した。
人材も環境も厳しい中で立てたこの目標は、医学の常識を無視したものだったが、脳低温療法の開発などによって4割の高い確率で達成できるようになった。こうして世界中の医療関係者が見学に来る最強の医療軍団を作り上げたのだ。
これを可能にしたものは何か?
1つは、「目的」と「目標」を区別して明確にすること。目的は最終的に到達したい理想で、目標は、その目的を達成するために必要な具体的なもの。例えば「世界一のお金持ちになる」は「目的」で、「来週の全国模擬試験でトップ100に入って、最高の勉強ができる大学に入学する道を開く」というのが「目標」。
「脳は、『目的』だけではダメで、具体的な『目標』がないと力を出さないのです」と林教授。実際、林教授の救命救急センターでも、「ケタ違いの医療をする」という「目的」がスタッフ全員の気持ちを高め一つにし、「瞳孔が開き心肺停止した患者さんを社会復帰させるためのいくつもの具体的方策」が「目標」となって、スタッフ全員の力を最大限に引き出すこととなった。