(文:野嶋剛)
香港の「国家安全維持法」が中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会で6月30日、委員162人全員の賛成で可決され、習近平国家主席が署名して公布された。これを受けて、香港で30日午後11時に施行された。
中国の改革・開放や米中接近の象徴でもあった香港の「一国二制度」の大きな変質は避けられず、同法案の成立に懸念を抱く米国など西側諸国の反発は確実で、香港問題が米中「新冷戦」の最前線となる様相が濃くなっている。
まさかそんな手は使ってこないだろうという「裏技」
1997年に英国から中国へ返還された香港は、「一国二制度」という制度設計のもと、「高度な自治」を50年間にわたって保証されていた。行政、司法などの独自性を支えるのが「香港の憲法」と呼ばれる香港基本法で、同法によって、英国式のコモン・ローに基づく香港と、社会主義体制下の中国は、別々の世界に分けられているはずだった。
ところが、今回の国家安全法は、そんな香港と中国の境界を易々と乗り越えて、「国家安全」という錦の御旗で、香港に対する中国の支配力を直接的に及ぼさせる。従来の「一国二制度」の構想を覆してしまう恐れが強い。
中国側にとっては望ましい習近平流の「一国二制度」かもしれないが、香港社会に「国家安全法は香港の一国二制度を踏みにじり、死に追いやるものだ」(民主派の公民党立法会議員・陳淑荘氏)という見方が広がるのも無理はない。
中国が強引に見える手法で香港へ国家安全法を導入できるのは、香港基本法の抜け穴とも言える部分を活用することによる。香港人自身を含めて、多くの人が、今回の導入を予想できなかったと述べているのは、たとえ法律上は可能であっても、まさかそんな手は使ってこないだろうと思わせる「裏技的」なやり方によるものだったからだ。
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