緊急事態宣言が出て人通りが減った東京・新橋駅前のSL広場

(アンドルー・ゴードン:歴史学者、ハーバード大学歴史学部教授、東京大学・東京カレッジ招聘教員)

 この報告書ではCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の発生とその対応策について以下3つの視点から考察する。

(1)リーダーシップの問題(リーダーシップはCOVID-19への対応策を形作り、その効果にも影響する)
(2)(社会、政治、経済の) 構造的な要因
(3)文化的・歴史的な要因

 はじめに断っておくと、COVID-19についてはまだわからない部分が多い。感染経路についても不明な部分が依然として残っているし、統計データの集計方法も国によってまちまちだ。「人口あたりの検査数」といったデータの公開範囲も国によって異なる。それゆえこの感染症がもたらした状況について、国家間の比較であれ、そして一国の事柄にかんしてであれ何かを論じるときは、それが比較的弱い情報基盤に立脚しているということを念頭に置く必要がある。

 特にこのことは「感染者数」の比較を行った際には明らかだ。しかし、アクセスできるデータが国によってどれほど異っていたとしても、米国・イギリス・イタリア・スペイン・フランスなどの感染状況は、日本・韓国・台湾そして中国などの状況と比べてより深刻と見て間違いないだろう。現時点で、米国や主な欧州諸国のCOVID-19による死者数は人口100万人あたり200名~500名に達している。欧州の主要国の中で唯一低い死亡者数を維持しているのはドイツだ(100万人あたりの死者数は約80名)。アジア諸国(日本・韓国・中国・マレーシアなど)の死者数は100万人あたり3名~5名である。じつに2桁、100倍の開きがある。この違いをどのように説明できるだろう。

 ある者は生理学的な要因にその答えを求める。たとえば、欧米で蔓延しているCOVID-19はアジアのものと「型が違う」という説だ。またある者は結核の予防接種(BCGワクチン)が影響している可能性を指摘する。私自身はこれらの仮説の評価を行うことはできない。なので以降の分析ではこのような可能性は捨象して話を進める。

(1)リーダーシップの問題

 日本に住んでいると、安倍政権の不手際を挙げることは容易だ。日本政府一般の不手際を指摘することもできる。たしかに、ダイヤモンド・プリンセス号での政府の対応は徹底しているとは言い難いものだったし、2月下旬に行われた全国の学校に対する休業要請など大きな決断を行った際にも、説明は十分ではなく、突然決まったという印象は拭えない。安倍政権の閣僚や小池都知事は「予定通りの五輪開催」にこだわるあまり、緊急事態体制への移行が遅れたようにも見える。予定通りの開催など不可能と誰の目にも明らかになった後も、安倍首相や小池都知事はその望みをなかなか捨て切れないでいた。「緊急事態」が宣言されて以降も、金銭的な給付が人々の手に実際に届くまでにはかなりの時間を要したし、対策案をまとめる過程でも一貫性のなさが指摘された(10万円一律給付しかり)。