定年前の住宅ローンについて、2つのケースから得られること
KさんとTさんのそれぞれのケースをご覧いただき、比較なさってみて、読者の皆さまは得るものがありましたでしょうか?
筆者がお二人のケースを比較して得ることができたのは、以下の2点です。
☆団体信用生命保険(いわゆる団信)の活かし方
☆まとまった現金もしくは現金類似の資産(=以後、「まとまった現金など」)の有無
団信とは住宅ローンを組んでいる人のための生命保険で、団信に加入すると、返済中に万一のことが起きた際に、住宅ローンの残額が返済される仕組みです。
※「現金類似の資産」とは、筆者独特の考え方です。株式や投資信託などのように、たとえ市場の動向や元本割れなどがあったとしても、スムーズに現金化ができるものを意味します。不動産、特にご自宅は、スムーズに現金化ができるでしょうか? 難しいと思います。
なお、生命保険は「現金類似の資産」に含まないと考えています。確かに、解約してしまえば「解約返戻金」という現金を受け取ることもできる商品もあるでしょう。しかし、解約した後に、全く同じ条件で、再び契約することができるでしょうか? 年齢を考慮すれば、それはあり得ない話です。しかし、株式や投資信託は、(市場の動向は別にすれば)企業や商品がありさえすれば、再び同じものを購入することができます。
団信があれば現金が残ったかもしれないのに、繰り上げ完済にこだわったTさん
住宅ローンを繰り上げ完済できる退職金を手にしたとき、読者の皆さまも、多くの方がTさんと同じことを考えるのではないでしょうか?
Tさんは、「定年後にまで住宅ローンの返済が続くのはあり得ない」「そもそも住宅ローンが残っている、という事実が嫌」という考え方にだけ、こだわっていらっしゃいました。こうしたこだわりは、おそらく読者の皆さまの多くに共通しているのではないでしょうか?
定年退職するときに住宅ローンの借り換えを行ったKさんのように、Tさんは定年後に「まとまった現金を残す」、「毎月の家計のキャッシュフローにゆとりを生む」というところにまでは、思いを馳せることはありませんでした。
住宅ローンの借り換えを行わないまでも、もし、仮にTさんが、Kさんと同じく退職金による住宅ローンの繰り上げ完済も行っていなければ、退職金を残すことができ、残した退職金を(住宅ローンの繰り上げ完済以外の)別の目的に活かすこともできたのではないでしょうか? あるいは、Tさんが早く亡くなった場合、未亡人となられた奥様の、長い老後資金とすることもできたのではないでしょうか?
そして何といっても、繰り上げ完済を行わなければ、68歳で亡くなった場合は住宅ローンの支払い期間が7年残っていますので、「団信が利いた」のです。
もちろん、これは結果論です。
Tさんが定年退職を迎えた時には、住宅ローンを繰り上げ完済したために家計にゆとりがなくなってしまうこと、まして60代のうちに病気で倒れてしまうことは思いもよらなかったでしょう。もともと住宅ローンを完済する予定であった75歳を超えて長生きすることを、少なくとも定年退職の時には考えていたはずです。
「団信を活かす」ことを考え、繰り上げ完済を行わなかったKさん
先のケースに登場したKさん。
Kさんが「住宅ローンの繰り上げ完済を行わなかった」のは、実は起業を予定していたからではありません。Kさんが、起業を決めたのは定年後のことでして、住宅ローンの繰り上げ完済を行わず、借り換えを行ったのは、実は定年前のことなのです。
起業を決めた時に「手つかずの退職金があった」ので、それを活用しただけに過ぎないのです。
住宅ローンの借り換えを行うに当たり、(借り換え前の70歳から)完済年齢を80歳に後ろ倒しにしたのはなぜでしょうか。
Kさんは、こんな「名言」を言いました。
「住宅ローンは墓場まで持っていくことができる」
すなわち、団信のことです。Kさんは、団信を活かすことを考えたのです。
Kさんは住宅ローンの借り換えを行うことで、完済期間が倍の20年間に伸び、完済時の年齢が後ろ倒しになりました。その20年の間に、Kさんに「起きてはならない万が一」のことがあれば、団信が利くのです。
そして、「繰り上げ完済を行わない」と決めたことで、退職金という、(決して多いとは言えないが)まとまった現金を手元に残すことができ、起業という決断にも踏み切ることができたのです。
さらに、借り換えを行うことで毎月の返済額が減ったので、毎月の家計のキャッシュフロー(=家計のお金の流れ)に、ゆとりが生まれました。