「合意なき離脱」への懸念
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代表取締役
ブレグジット(Brexit)。イギリスがEUから離脱することを指すこの単語が最近、新聞紙上でも多く見かけるようになりました。
2016年6月にイギリスで行われた国民投票によって、イギリス国民は自ら「EU-欧州連合」から離脱することを選択したのです。本来イギリスとEUは離脱期限を迎える前に、関税や法制度などの基本的な項目について事前に話し合いを行い、イギリスがEUから離脱したとしても、通商関係については何らかの協定を結ぶことで両地域の経済に劇的な変化が生じないような「合意」を取り付けるはずでした。
しかしながらこの合意交渉は、EUに属するアイルランド共和国と、イギリスの一部である北アイルランドとの国境を巡る問題から混迷し、今に至ってもまだ「合意」が結ばれていません。この合意なき離脱を指して「ハードブレグジット」という表現をします。
足元の金融市場にとってこのブレグジット問題が大きなリスクである理由の一つは、合意なき離脱がイギリス・欧州の各国にとって、経済的な大混乱を招く可能性があることです。これまで一つの国のように流通していたイギリスと欧州との間の物流に、税金というコストが掛かるだけでなく、「通関手続き」という物理的な制約が発生することになります。また法的な契約書についても、イギリスの法律を根拠としている契約がEU域内では無効になってしまうリスクも懸念されています。
「市場の悪魔」が再び政策を動かすのか
このように経済の停滞をもたらすことがブレグジットのリスクであることは間違いないのですが、金融市場にとっての本当の懸念は他にあります。それは、1992年に起きたポンド危機を連想する「市場の反乱」です。
イギリスにとってEU加盟を巡る混乱は、今回が初めてのことではありません。1990年に統一通貨ユーロの前身であるERM(欧州為替相場メカニズム)へ参加していたイギリスは、「イギリス病」と呼ばれる長い不況期にありながらも、ERMのルールに従い高金利政策を維持せざるを得なくなっていました。イギリス国内だけでなく、金融市場からもイギリスがERMにとどまることに懐疑的な意見が出ているなか、当時の政権はERMへの加盟はイギリス経済にとって必要であるというスタンスを崩すことはありませんでした。結局ERM加入から2年後の1992年、著名なヘッジファンドだったソロスファンドがポンドに大量の売りを浴びせ、ポンドは暴落。イギリスはERMから離脱せざるを得なくなったのです。
この「ポンド危機」と呼ばれる事象は、政治が自らの判断で政策を決めきれない時、市場の暴力的ともいえる変動が最終的に政策を決定させた典型的な事例として記憶されるようになりました。
今のイギリスを見ていると、イギリスの政治はこのブレグジットという決定に対し責任を持てていないように見えます。離脱推進派は妥協なき完全離脱を求め、離脱反対派は安易な合意ではなく国民投票のやり直しのチャンスをうかがっています。妥協なき完全離脱が経済の混乱を招くとことは言うまでもないことですが、離脱反対派もまた国民投票をやり直すためなら短期的な市場の混乱は仕方がないと思っている節があります。
ポンド市場もイギリスの株式市場も今のところは静観を保っています。しかし離脱期限が近づく中において、このまま決められない政治が続くようであれば、市場がその判断を肩代わりする事態となるでしょう。それがポンド市場の混乱だけで終わるのか、イギリスや欧州の株式市場の混乱なのか、はたまた世界市場全体の変動に繋がるのかは全くわかりません。昨今のようなシステム売買中心の金融市場においては、一つの市場の急変は瞬く間に他市場へと伝播します。
市場の悪魔に背中を押される前に、政治が自らの責任において、賢明な決断を導いてくれることを祈るしかなさそうです。