11月13日にパリで、イスラム国(IS)によるとみられる、死者129人以上を出すテロが発生した。その背景にある国際情勢と今回のテロの特性を分析する。
1 長期的な戦いになる欧米とISの戦い
米軍はイラクやシリアでの空爆の大半を担当しているが、バラク・オバマ大統領は、地上部隊のシリアへの派遣については、今年10月に、50人以下の特殊部隊の派遣を表明したに過ぎず、極めて慎重である。
オバマ政権は、イランとの核交渉を妥結に持ち込みイランとの和解を進めることにより、イスラム教少数派のシーア派民兵、およびイランとロシアが支援するシリアのアサド政権の兵力を、ISとの戦いの地上戦力の骨幹にしようと企図しているようにみられる。
シリアでは、アサド政権打倒を主張する親欧米の反体制派に対し、ロシア軍が空爆を集中しており、ISをむしろ利する結果になってきた。しかし、11月17日、ロシア政府は10月末のシナイ半島でのロシア旅客機墜落はテロと断定し、ロシア軍は同日ISの拠点140か所を破壊したと発表している。
ロシアの軍事介入の目的は、ロシア国内へのイスラム過激派勢力の浸透を阻止するために、その防壁として、中東での唯一の拠点であるシリアのアサド政権を維持することにあるとみられる。
フランスは有志連合の創設国として、昨年からイラク国内のISに対する空爆を実施しており、今年9月からはシリアにも空爆を拡大していた。11月14日、ISはインターネット上に、「オランド(大統領)がシリアへの攻撃をやめない限り、フランス国民に安全はない」との声明を出している。
社会党のフランソワ・オランド大統領は、国防や治安関係の予算と人員を削減し、移民受け入れを緩和して、国内の貧困層に対する社会保障を手厚くするなどの政策をこれまでとってきた。そのために、移民の中に紛れ込み害意をもってフランスの浸透するテロリストの流入が防げなくなっているのではないかと、従来から危惧されてきた。
特に、国防費は冷戦時代にはGDP(国内総生産)の7%以上あったが、現在は3.7%以下に半減し、2014年には北アフリカなどでの作戦のための予算すら確保できない状況になっていた。また、治安部隊も処遇が悪化して退職者が相次ぎ、人員が募集できないという状況であった。
そのような状況に歯止めをかけたのが、今年1月のシャルリ・エブド社襲撃事件である。オランド大統領は、軍と治安関係機関の予算と人員を増加する政策に転換したが、それが十分な成果を生まないうちに、今回のテロが生起したと言えよう。
しかし、フランスは国際的な比較でみれば、従来からテロ対策に力を入れており、中東情勢にも通じ、優秀な治安機関と情報機関を保有していることで知られている。それでも今回のこのようなテロを防げなかったことは、世界に衝撃を与えている。
オランド大統領は、テロがあった翌日の14日に、「容赦のない対応をする」と言明し、これは単なるテロではなく、「フランスに対する戦争行為」であると述べている。フランス空軍はイスラム国の名目上の首都であるラッカに対し、直ちに報復の空爆を加えた。
今回のテロの理由が、イスラム国が表明しているように、フランスの空爆であるとすれば、この報復爆撃は、テロの恫喝には屈しないとのフランスの強い国家意思を示したものと言えるであろう。
また16日朝のロイター通信によれば、ISは空爆を行っている他の国もフランスと同様の攻撃を受ける、特にワシントンは直接攻撃するとするビデオがネット上に掲載されていると報じている。発信元は、イラクの「ウィラヤト・キルクーク」と称するループであり、ビデオに登場したのは、アルジェリア人のアル・ガーレブであると報じられている。
ISはこれまで、欧米などへのテロを繰り広げてきたアルカイダと異なり、イラクとシリアにまたがる一定の地域を支配し、疑似的な国家機構を創ることを目指しているとみられてきた。
今回のフランスでのテロは、ISの重大な戦略転換を示唆するものかもしれない。今後は、欧米、ロシアなどイラクやシリアで空爆を行っている諸国に対する報復テロを重点とする方向に転換する可能性がある。
ただし、ISは北アフリカ、欧州、中東、インドにまたがる広大な地域を支配するイスラム国家の形成を標榜しており、今回のテロでもISの「フランス州」を名乗っている。
このことは、彼らの最終目的に変化はなく、その戦場がイラク、シリアから欧米などに拡大したことを意味している。ISは今後戦場を、自ら表明しているように、有志連合参加国全体に拡大するとみられる。
このような、欧米国内のソフトターゲットを目標とするテロに対して、欧米諸国は厳戒態勢を強いられることになると予想される。ISの目標が、空爆の停止にあるとすれば、空爆を停止することにより、欧米諸国へのテロがやむことになるのかもしれない。
しかし、そのことはテロに屈したことを意味する。また、空爆が本当にISに対しそれほど致命的な損害を与えているのかも、明白ではない。
これまでの軍事常識から見れば、地下に軍事施設や政経中枢を移転させ、あるいは上空から発見されない地域に疎開させ、空爆の被害から逃れることは困難ではない。シリアやイラクは土漠地帯であり植生にも乏しく、航空攻撃はジャングル地帯などよりも容易である。
ただし、都市部の人口密集地域の地下に軍事施設や武器庫などを造ることは容易であり、イラクのサダムフセインの軍もそのような人間の盾を利用していた。
イスラム国も同様の地下施設を造っている可能性が高く、そのような地下施設が地上軍の支援なしに空爆で簡単に掃討できるとはみられない。シリアでの指揮所や訓練施設は地下に建設されていることが、すでに証言されている。
偵察型と攻撃型の無人機を併用して、偵察型を常時哨戒させテロリストの重要人物を発見次第、攻撃型無人機でミサイル攻撃するという方法で、アルカイダ幹部は2000人以上が殺害され、組織力が低下し活動は不活発になった。
同様の方法で、11月13日に米国防総省が、無人機を使いジハーディ・ジョンを殺害したことを「ほぼ確信した」と公表するなど、ISの重要人物の殺害が続いている。このような攻撃にISは脅威感を持っているのかもしれない。
ISの実数は不明だが、数万人規模とみられ、IS側も長期にわたり戦い続けられるかは疑問がある。特に、石油価格が安くなり支配地域内の油田やその掘削施設が破壊されるなど、資金源が不足し、あるいは、シンジャを奪還できずモスルとラッカの補給路が絶たれれば、持久戦は困難になる。
また、無人機攻撃により、地上での行動に常時制約を受けることになれば、土漠地帯での組織的な作戦行動も、国家を模した行政サービスもできなくなり、軍事能力も民衆に対する支配力も低下するであろう。
他方、今後も欧米のISへの空爆は続けられるとみられるが、空爆作戦とテロ抑止の両面作戦を長期にわたり継続する必要がある。特にテロ対策には多額の予算と人員が必要となるが、欧米各国は財政的な危機を抱えており、このような長期の負担に財政的に耐えられるかどうかは不透明である。米国は9.11以降、テロとの戦いに1兆ドル以上を費やしている。
また今回のフランスのようにテロが続発した場合に、人心が動揺し政治的な撤兵要求が国民の間で高まる恐れがある。それが、ISの狙いとも言えよう。いずれにしても、ISとの戦いは、欧米にも戦場が広がり、長期にわたる戦いになることが予想される。